2010年12月31日
世紀末オカルト学院のレビュー2 (解釈と考察)
その1からのつづきです。その1はこちらをクリック
神代マヤはその名の通り、今はなき古代マヤ文明の血を引く現代人を表していると考えられます。
ストーリーに出てはきませんが、マヤの母親は、古代マヤ文明の象徴と考えられるのではないか、と仮定してみます。
マヤの母と父
娘であるマヤは、母の胎内から生まれてきた「生す女(むすめ)」であると同時に、父に庇護されてきた存在でもあります。
二つの立場を考え合わせると、「父によって死に追いやられた母」が、「滅亡したメソアメリカ先住民族の文明」の象徴であり、「母を死に追いやった父」は「それらを滅亡に追いやったキリスト教白人文明」の象徴であると考えることができます。
母を死に追いやられた=母なる文明を滅ぼされたということで、マヤは彼らの生き残りがわずかに保持していた知識の象徴です。
父はマヤやマヤの母を愛していたにもかかわらず、世界を救いたいあまりに、方法を間違った・・・
「自分だけが真実を知っている」という思い、
「真実を知るのが自分だけであるならば世界の人々を救えるのは自分しかいないはずだ」と言う思い、
「したがって自分が世界を救えなければ愛するものも結局は死んでしまうことになる」という思い、
それに駆られて必死に研究をします。
自分の思いこんだ信念に没頭するあまり、マヤのことを省みないのです。
これは、キリスト教白人社会が、キリスト教だけが真実を語っていると思い込んでおり、キリスト教以外は間違いを信奉する哀れな子羊で、庇護されるべき被支配者であるという見方をしていることの象徴になっています。
ノストラダムス
作中に出てくるノストラダムスという人物は現実世界においてはクリスチャンです。
彼が詩篇として記した『諸世紀』と訳されている書は、フランスの王に宛てたものだといいます。
日本語の中で「人」を表す「ヒト」と言う言葉が「日(=霊)をとどめた者」という意味からなり太陽信仰と切り離すことができない一般名詞となっているように、彼らキリスト教圏の常識以前の感覚として、「人」や「人類」は「神の恵みを受けた者(=キリスト教の洗礼を受けた者)」という前提が当時はあり、その他の者は獣や動物と一緒の扱いでした。
とすると1999に来ると言われていた「人類」の終末とは、「キリスト者」たちの世界の終末を指し示します。
それを象徴するのが、「父の死」です。
父が死ななければ、マヤはこの町に帰ってくることはなかった。
父の学園を相続しながら文明と組んで戦い抜くことも、鍵を見つけることも、なぞを解くことも、文明を生まれ変わらせることもできなかった。
マヤの活躍をいざなうためには、どうしても父である学長=キリスト教の死が必要だったのです。
キリスト教は死んだ、といった人がいました。死ぬ必要があります。アニメの中でも、父はマヤたちの戦いのストーリーの中では最初は憎まれているし、途中では忘れられているかのように話が進みます。
つまり、「キリスト教は、一度世界から嫌われ、見捨てられ、憎まれ、戦いの最中には忘れられる」ということを暗に象徴します。
しかし。ストーリーが進むうちに、マヤは、母の死についての複雑な思いは消さないまでも、父が自分のためにこの学園を作ったのだということ、自分は父に愛されていたのだということに気付きます。
これは、
このように、マヤは「父が死んだからこそ父の愛に気付くことができた」と言えます。父は世界から一度は死んでいなくなり、のちに復活せねばならないのです。
キリスト教も一度は否定されねばならないということです。
キリスト教は一度は否定されねばならない。
これはこの作品にかかる神が暗に告げる重要なオカルト的示唆であります。
「これはやらせです! 全ては茶番なのです!!!」
という第一話のあのマヤの強烈な宣言こそが、真実をズバリと言い当てていました。(当人も知らないうちに。)
最終回で明かされるように、父の死は、父も納得し協力した上での偽装でした。
そして何よりも、世界を救うべく、ヘタレた文明を自分の死(の偽装)の直後へと返しているのは父その人なのです。
「キリストの死と再生の前に、キリスト教世界そのものが死と再生の型を自作自演する」
マヤや文明の象徴するこの世界を救えば、2012にいる自分や、2012から返還して送り込んでいた旧い文明は消えてなくなってしまいます。自らをにえとして世界を救うのはまさに救世主の仕事であり、父はキリストの再臨の準備を整えるキリスト教徒たちの文明を表しているといえるでしょう。
父(キリスト教)は、世界を救って、自らは消えます。文明というキリストも消えます。文明は、消えるべき一時的なキリストなのです。ヘタレ文明が背負っている役目は「そちらへ行ってはならない未来」のキリストであり、いわばアンチキリストです。
われわれは救ってくれようとするキリストのもとへ走ってはならず、彼らに会ってはいけません。我々が会うべきは、救われた世界に現れた、人類を救う必要すらもない、平和な未来に存在する平凡な父なのです。我々が走るべき先は、自分の足で日常を歩いている新生文明の暮らす世界です。
そこではもう、父も文明も消える必要がありません。キリスト教やキリスト文明はもう特別な地位を捨てて、一般家庭のどこにでもいる老父と夫のように、ふつうの宗教のひとつに名を連ねて、社会に埋もれながら幸せに存続していくのです。
誰も父と文明が世界を救ったなんて知らない。本人たちすら知らない。(最終話で父は、世界の滅びとともに死んだはずのマヤから何事もないような日常そのものの電話を貰い驚きます。篭もっていた基地から飛び出すと、そこには平和な日常があって最初は自分の知っている荒廃世界との差にパニックです。家に帰れと言われても家なんてどこなのか解りませんし、文明が一緒にいるようですし。が、すぐ父自体も、この平和な世界への歴史の流れを一緒に歩んできた父へと記憶が書き換えられるようです。すぐ帰ると返事をし、どこに自分たちの家があるのかも判っているようです。)
この新しい世界でマヤの父と文明はスーパーヒーローでも何でもありません。誰にも知られないでも、誰にも感謝されなくても・・・「究極の自己犠牲」って、そういうものじゃないでしようか。
「究極の奉仕」とは、誰にも知られずに積む陰徳じゃないでしょうか。
ヘタレ文明が最後に終業式で挨拶をするとき、「地に足をつけて、自分の足で」歩くようにと言い残します。
あとを継ぐ幼い文明は、生まれ変わった大人のヘタレ文明の大活躍の間、コケて転んでいました。
はじめはうまく歩けないで失敗するかも知れない新文明ですが、マヤはこの新しい文明には手を貸さずに「自分の力でたちなさい」と言いました。幼い文明は、自力で立ち上がり、自分の足で歩き始めます。新しい文明が歩き始めたのは1999年である、というのがこの作品の言うことです。
1999年以降、新しい文明が平和な未来へと歩き始めているそのすぐ裏に、死んでしまうヘタレのマザコン文明が他人や世間の流れに流されるままに歩いていました。文明がヘタレである限り、彼は2012年という壁を超えることはできない。
新しい未来が開けるまで、つまり自分が生まれ変われるまで永遠に1999年から2012年の間をグルグルとやり直し続けていなくてはならないのです。
実際にはマヤ神官の末裔の方が「マヤ暦は流行のように単純に西洋暦に当てはめていいものではない」ということで、2012年の12月22日説には否定的だったそうですが、アセンション信仰のような業界ができてしまっていて、もう勝手に走ってしまっているという現状を憂ゑているとのことでした。
時期については2011の10月28日だとか、いや2014年だとか諸説あるようですが、そもそも日付指定というのがデジタルな西欧的考え方であって、もっとボリュームでアナログに考えるならば、期限や時刻や達成のようなものがマヤ暦の思想にそもそも矛盾するのではないでしょうか。変化は、「春」が何月何日に来ると決められないように「時期」なのでしょうし、あるひ春一番の風が吹いて春を感じるとしても、それが何時何分に始まったというものでもないでしょう。
グラデーションのように虹色の中を段階的ににじり寄っていく可能性が高い事であると思います。
しかし、毎年かならず春がやってくるように、暦というのは必ずやってくる繰り返しの周期だからこそ暦なので、今回は来ないってことはないものです。そこに宗教や政治を絡めるから訳の分からない怪物になってしまうのです。
暦が一周する。身近に言えば、一年に一度、4月に学年が上がります。でも、6年目には小学から中学へと大きく変わります。その3年後に高校へ。そういう、小さな区切り、中くらいの区切り、大きな区切りということが、天や地や星々などのサイクルの中にあるということを見つけたのがマヤンカレンダーになったということでしょう。
スプーン
この作品でスプーンはとても重要な役割を果たしています。
丸い部分は凹面と凸面の屈折を表すタマであり、柄の部分はまっすぐに突き進む剣であり、金属製の光る素材は反射を表す鏡。三種の神器の合体したものです。
そこに時間という名の直線のベクトルが軸として入り込んでいく様を思い浮かべて下さい。
柄からまっすぐに進んできた人類の歴史が入り込んではぐるぐると回り続けるスプーンの頭。
道をまっすぐ直進することは、「直道(ひたみち/ひたち)」をひたすすむことであって、正道の象徴です。
が、首の所からその道は曲がり、ヘタレ文明の顔をゆがんで映す、まがごとに支配されたルーピーな世界が待っています。
まさにスプーンの首のところが1999年を表し、その先の、正しくない、まがき世は2012年を先端として1999年に戻されてしまう輪の中の世界です。
ここをグルグルしている間に、まっすぐな道に戻るチャンスは何度でも巡ってきますが、気づいてヘタレの自分を変えない限り、まがごとに振り回されて抜けることができません。
文明(ブンメー)少年のスプーン曲げとは、それを首から曲げ、さらにはへし折ってしまうる能力。これは、繰り返す不毛な未来を、入り込んでいく歴史を曲げ、その先の未来を断つ力です。
滅亡しては歴史を変えようと試みを繰り返すループのような運命・・・このループに入り込む歴史を根元からへし折り、馬鹿げたルーピーな歴史を切り離す。
ルーピーとは、オカルトていに言えば、キリスト教的あるいはさらなるいにしえの叡智が示唆する、時代と時代の継ぎ目のリンクに存在する鎖のような輪っかの中を永遠に巡っているさまのことで、次の新しい世代・新しい時代に突き抜けることのできない状態にあることをあらわします。もっとハッキリ言えば、タロットカードの「運命の輪」の中で深く考えているように見える猿。この猿は輪廻のような、あるいは過ちを繰り返す歴史のような、時間の輪の中から抜けだして永遠の時の中に展開される異界のうてなの階層を登っていくというモードに移れるでしょうか。それとも、せっかくのチャンスを逃して、ふたたび何巡目の運命に突入してしまうでしょうか。
そういう運命の分かれ道がこの「運命の輪」のカード。輪っかから抜けることが、タロットの次のカードの『世界』へ進むために必要とされているわけであります。
それが、最終回の文明の変化で実現します。スプーンが時間と歴史の象徴であるならば、現実を変える決意のもとにスプーンを手に取った文明は、世界を手に取りいかようにも変えることのできる神の象徴でもあり、曲がってへし折られて飛んでいったスプーンの頭は、不毛に繰り返す1999から2012の禍き歴史の象徴です。
ここで行われる文明の闘いこそ、勝てば先に進め、負ければ繰り返す、世界の分岐点。
歴史を変えるのはここからだ!
なんとカッコイイ台詞でしょう!
最期の闘いであり、自分との闘いなのです。自分との闘いを象徴するのは、最終回に先立ち、白と黒に別れて繰り広げられた千尋と美風の愛と欲望の闘い。白と黒と女性、ときたら、タロットの二番、女司祭長のカードです。乙女座を表し、善と悪、光と闇、といった陰陽の分極を表しています。
文明はずっと、純粋にも3Sに欺されてしまうような、それをすばらしいものと勘違いしてしまうような自分だったのですが、それは文明の内側に潜んでいたために明確には自覚できていなかったのでしょう。それを鏡のように目の当たりにさせられてしまいます。自分の内面がそのまま外に出てきて目の前で戦っているということを表す象徴です。
自分の中の愛と欲の闘いがそのまま、自分を信じ真に愛してくれる白魔女と、自分なんかどうせ、と低く見ている黒魔女となっています。
黒魔女(=欲望)はずっと、マヤ(=現代人類)を殺してしまうような志向をもっており、マヤが邪魔で仕方がなかったこともこの回でわかります。
白魔女(=愛)が父(=キリスト教)からの依頼でマヤ(=現代人類)を守ろうとしてきたこと、敵を欺くために味方をも欺してきたこと…
実は父(キリスト教)を殺したと見せかけてどこかに飛ばしてしまったのも、父を守るための愛から出た策略でした。
最終的に黒魔女を倒すのは、父の手帳に書かれていた魔を滅ぼす呪文をマヤが唱えることによって叶います。が、マヤが直接それを読むのではなく、文明に間接的に教えられているという構図があります。
そして文明がそのページを読み上げることを叶えたのも、父を隠した白魔女に聞いたから。白魔女は父から聞いていたわけです。
これをすべて象徴で置き換えてみると、キリスト教の教えが、真の愛を通じて文明に知恵を与え、文明の声を聴いて瀕死の現代人類は呪文の言葉をそのとおり真似して唱えることで命が助かる、という筋書きになります。
人類は、父の教えを、見るのでも読むのでもなく、聴くことと唱えることによって助かる。これは、福音を聴くこと、音が大切であること、神が声であり言葉であることを示します。
はい、神さまキてますキてます、降りてます
日本的に言い換えるならば、この世の終わりには正しい言霊の響きを取り戻すことの大切さ、神が音や声…つまるところ、震動であるということを説いているのだとイメージすれば良いかと思います。
言霊ついでに、千尋と美風には、
チヒロ 散る・拡がるという意味と、地・火・炉などの音と文字、
ミカゼ 水・風(ミカには水瓶の意味もあります)。
この二人は四大元素を表しており、タロットの運命の環のカードの四隅にいる、それぞれ土、火、水、風を象徴する天使。(場合によってはゾディアック、黄道星座の不動宮の牡牛(土)、獅子(火)、蠍(水)、水瓶(風)として描かれています)
また、7つの惑星を使った古典占星術では、牡牛座は金星で愛と富を、獅子座は太陽で意志と自尊心を象徴。どちらも地球よりも内側の星です。自分の内面です。
蠍座は土星で死と性、水瓶座も土星で知性の象徴です。地球より外の惑星は自分の外側にあるもの、それらとの関係などを表すといいます。
この戦いで、文明の愛と誇りが、文明の知と性によって一旦ころされてしまうけれど、それでも愛と誇りの白魔女に力をもらい、文明は黒魔女と自ら戦います。
自分を太陽系の全体とすると、もちろん太陽が中心のココロ。
この身をおく地球をこの世界に生きるおのれと見なしたとき、地球は太陽に従い、太陽のほうへと引っ張ってくれる内惑星である水星と金星の引力には、従っても必ず中心を見失うことがありません。ですが外惑星は地球より中心となる太陽からはより遠いもので、その引力に負ければ、真の中心となる太陽からは遠ざかり、軌道を外れて太陽系外への旅が始まってしまうかも知れません。
内惑星に従い、外惑星を従えることが、己のバランス軌道を保つのに必要な中道です。
光は内側の太陽から広(ヒロ)がり地球にやってきます。音は風(カゼ)のように波紋となって星々を震わせながら外側で反響しひびいています。チヒロとミカゼの立ち位置にかぶります。
意志の内なる声と溢れる愛は、自分さえいれば持てるもの。対し、だれかに吹き込まれる噂声をきくことや、性的な欲求と求める愛は、必ず他者との関係性で生まれるもの。対応するものが、鏡合わせのようでいてそうではない、そっくりの対の関係に見えて、裏表になっています。
ちなみに、日本語ではチにもミにも蛇の意味があります。しかし、土と火、干上がるということではチヒロは牛、烏、太陽の遣いで、ミカゼは蛇と龍…水蒸気や雲や嵐の神々とつながりそうです。
この白黒魔女の戦いの回のタイトルは、『千と風、美と尋う』、のように組み合わせを変えているのですが、キャラの名前に関しても、深く考えてみるともっと解釈できて面白そうです。
まだまだ書き尽くせないのですが、最期に大切だと思ったことをひとつ。
◆文明は母の元にはもう帰らない
ヘタレ文明は彼を生み出した母親の正しくない愛し方によって自立心をくじかれていました。そのままでは歴史は変わらず文明は現状のままループを回り続けます。
自分を生み落とし、育て、仕切っている、母親・・・を振り切って離脱して初めて、文明はマヤという名の人類と共に2012年の先へ人生を歩めるのです。
一般名詞としての文明とはなんでしょうか。文字、記録、文学。社会、組織、制度。建築、工業、科学、技術…
多くは理性によって生み出されます。
占星術で母親を意味するのは、月。子供ブンメーを地球とすると、それを支配してきたのは月であり、ブンメーに何も考えさせずにブンメーのアタマとなってブンメーの代わりにものを考え、決め、行動させ、支配してきました。
実際の月に人類のお頭がいるとも取ることが出来ますし、月はヨーロッパの象徴であるので西欧主導の文明からの脱却を意味しているとも取ることが出来ます。
いずれにしろ、一度自分で考えて自分の足であるくことを決意したなら、もうそこへ戻ることはない。
月の母性のおかげで文明はここまで育って来たことは確かだけれど、このままでは繰り返すだけだから。
育ててもらったことは感謝しつつも、もう支配からは脱却しないといけない、ということを語っているわけですね。
文明(ふみあき)は過保護かつ自分のことのように息子の人生の時間を支配するな母のせいで、カレーすら箸で食べようとするほどのスプーン嫌いになっていました。
もちろんかつては曲げられたスプーンも曲げられないようになっていた。
上にも書いたように、スプーンを時間の流れとその上に展開される世界そのものの象徴だとすると、世界を変える能力を失っていたという意味になります。
母が月ならば、自分を象徴するのが、地球。だからこその、「大地にしっかり足をつけて」という言葉があり、それは、自分の内なる声、真の自分にダイレクトにアクセスして生きていけというメッセージです。月の象徴する「母のもたらす知性や合理的な判断」は、本来は自分を守るための補助の役であり、失敗しないためには必要なことなのですが、それに照らして考えすぎてしまうと、いつしか直感的に自分の望みを知ることもできなくなっていってしまいます。
いつも損得を考えて、いつもうまくいくように計算をして、いつも周囲(とくに自分を保護してくれ所属させてくれている母体)の顔色を見つつバランスをとったりタイミングを計ったりして、野性的な本能が下す「今だ!今こうしろ!」というひらめきにも反応が鈍くなる。
そして、なによりも、この作品を見ていると、2012年のアセンションは上へではなく、下へ行くことなのだと言っているように感じられてなりません。誰もが皆、地球は自分そのものであるのに、自分という大地を離れて天空へと解放されることを考える…けれどそれは、月という母のいるところへ回帰したいだけの赤ちゃん返りの甘えに過ぎないのではないか?自分が生まれてきたところ、空に還りたいというのは、ごく自然な欲求で、自立とは反対の方向なのではないか。そんなことを思います。
また月軌道を越え外惑星のほうへ気持ちが向かうなら、自分の外へ肉体を離れようとする衝動はただの死への欲求であると。(体を持った肉体の話ではなく、心の話です)
実は地球の重力の核心部へと深く潜ること、腹の中の魂に潜ることで、極小の点の向こう側にある極大の自分と出会う、そのための戸を開けることが、世界を想うままにデザインできるこの世の真の支配者になるための大きな巣立ちなのでは・・・
エンディングテーマが大地に寝転ぶマヤと文明だったことからも、そんな逆説的なことを示唆する最終回だったように思えました。
地に足がついてない人は、ループを繰り返します。
脱却するには、十字架の横軸から縦軸へと乗り換えるように、まっすぐに直角に、直目を通り抜けるしかない。
それは、おのれの外側には無い。
そんなことを訴えられているような作品でした。『世紀末オカルト学院』。まだまだ深読みできるポイントはありそうですが、今回はこの辺で。
今日は大晦日。みなさんよいお歳を!
神代マヤはその名の通り、今はなき古代マヤ文明の血を引く現代人を表していると考えられます。
ストーリーに出てはきませんが、マヤの母親は、古代マヤ文明の象徴と考えられるのではないか、と仮定してみます。
マヤの母と父
娘であるマヤは、母の胎内から生まれてきた「生す女(むすめ)」であると同時に、父に庇護されてきた存在でもあります。
二つの立場を考え合わせると、「父によって死に追いやられた母」が、「滅亡したメソアメリカ先住民族の文明」の象徴であり、「母を死に追いやった父」は「それらを滅亡に追いやったキリスト教白人文明」の象徴であると考えることができます。
母を死に追いやられた=母なる文明を滅ぼされたということで、マヤは彼らの生き残りがわずかに保持していた知識の象徴です。
父はマヤやマヤの母を愛していたにもかかわらず、世界を救いたいあまりに、方法を間違った・・・
「自分だけが真実を知っている」という思い、
「真実を知るのが自分だけであるならば世界の人々を救えるのは自分しかいないはずだ」と言う思い、
「したがって自分が世界を救えなければ愛するものも結局は死んでしまうことになる」という思い、
それに駆られて必死に研究をします。
自分の思いこんだ信念に没頭するあまり、マヤのことを省みないのです。
これは、キリスト教白人社会が、キリスト教だけが真実を語っていると思い込んでおり、キリスト教以外は間違いを信奉する哀れな子羊で、庇護されるべき被支配者であるという見方をしていることの象徴になっています。
ノストラダムス
作中に出てくるノストラダムスという人物は現実世界においてはクリスチャンです。
彼が詩篇として記した『諸世紀』と訳されている書は、フランスの王に宛てたものだといいます。
日本語の中で「人」を表す「ヒト」と言う言葉が「日(=霊)をとどめた者」という意味からなり太陽信仰と切り離すことができない一般名詞となっているように、彼らキリスト教圏の常識以前の感覚として、「人」や「人類」は「神の恵みを受けた者(=キリスト教の洗礼を受けた者)」という前提が当時はあり、その他の者は獣や動物と一緒の扱いでした。
とすると1999に来ると言われていた「人類」の終末とは、「キリスト者」たちの世界の終末を指し示します。
それを象徴するのが、「父の死」です。
父が死ななければ、マヤはこの町に帰ってくることはなかった。
父の学園を相続しながら文明と組んで戦い抜くことも、鍵を見つけることも、なぞを解くことも、文明を生まれ変わらせることもできなかった。
マヤの活躍をいざなうためには、どうしても父である学長=キリスト教の死が必要だったのです。
キリスト教は死んだ、といった人がいました。死ぬ必要があります。アニメの中でも、父はマヤたちの戦いのストーリーの中では最初は憎まれているし、途中では忘れられているかのように話が進みます。
つまり、「キリスト教は、一度世界から嫌われ、見捨てられ、憎まれ、戦いの最中には忘れられる」ということを暗に象徴します。
しかし。ストーリーが進むうちに、マヤは、母の死についての複雑な思いは消さないまでも、父が自分のためにこの学園を作ったのだということ、自分は父に愛されていたのだということに気付きます。
これは、
このように、マヤは「父が死んだからこそ父の愛に気付くことができた」と言えます。父は世界から一度は死んでいなくなり、のちに復活せねばならないのです。
キリスト教も一度は否定されねばならないということです。
キリスト教は一度は否定されねばならない。
これはこの作品にかかる神が暗に告げる重要なオカルト的示唆であります。
「これはやらせです! 全ては茶番なのです!!!」
という第一話のあのマヤの強烈な宣言こそが、真実をズバリと言い当てていました。(当人も知らないうちに。)
最終回で明かされるように、父の死は、父も納得し協力した上での偽装でした。
そして何よりも、世界を救うべく、ヘタレた文明を自分の死(の偽装)の直後へと返しているのは父その人なのです。
「キリストの死と再生の前に、キリスト教世界そのものが死と再生の型を自作自演する」
マヤや文明の象徴するこの世界を救えば、2012にいる自分や、2012から返還して送り込んでいた旧い文明は消えてなくなってしまいます。自らをにえとして世界を救うのはまさに救世主の仕事であり、父はキリストの再臨の準備を整えるキリスト教徒たちの文明を表しているといえるでしょう。
父(キリスト教)は、世界を救って、自らは消えます。文明というキリストも消えます。文明は、消えるべき一時的なキリストなのです。ヘタレ文明が背負っている役目は「そちらへ行ってはならない未来」のキリストであり、いわばアンチキリストです。
われわれは救ってくれようとするキリストのもとへ走ってはならず、彼らに会ってはいけません。我々が会うべきは、救われた世界に現れた、人類を救う必要すらもない、平和な未来に存在する平凡な父なのです。我々が走るべき先は、自分の足で日常を歩いている新生文明の暮らす世界です。
そこではもう、父も文明も消える必要がありません。キリスト教やキリスト文明はもう特別な地位を捨てて、一般家庭のどこにでもいる老父と夫のように、ふつうの宗教のひとつに名を連ねて、社会に埋もれながら幸せに存続していくのです。
誰も父と文明が世界を救ったなんて知らない。本人たちすら知らない。(最終話で父は、世界の滅びとともに死んだはずのマヤから何事もないような日常そのものの電話を貰い驚きます。篭もっていた基地から飛び出すと、そこには平和な日常があって最初は自分の知っている荒廃世界との差にパニックです。家に帰れと言われても家なんてどこなのか解りませんし、文明が一緒にいるようですし。が、すぐ父自体も、この平和な世界への歴史の流れを一緒に歩んできた父へと記憶が書き換えられるようです。すぐ帰ると返事をし、どこに自分たちの家があるのかも判っているようです。)
この新しい世界でマヤの父と文明はスーパーヒーローでも何でもありません。誰にも知られないでも、誰にも感謝されなくても・・・「究極の自己犠牲」って、そういうものじゃないでしようか。
「究極の奉仕」とは、誰にも知られずに積む陰徳じゃないでしょうか。
ヘタレ文明が最後に終業式で挨拶をするとき、「地に足をつけて、自分の足で」歩くようにと言い残します。
あとを継ぐ幼い文明は、生まれ変わった大人のヘタレ文明の大活躍の間、コケて転んでいました。
はじめはうまく歩けないで失敗するかも知れない新文明ですが、マヤはこの新しい文明には手を貸さずに「自分の力でたちなさい」と言いました。幼い文明は、自力で立ち上がり、自分の足で歩き始めます。新しい文明が歩き始めたのは1999年である、というのがこの作品の言うことです。
1999年以降、新しい文明が平和な未来へと歩き始めているそのすぐ裏に、死んでしまうヘタレのマザコン文明が他人や世間の流れに流されるままに歩いていました。文明がヘタレである限り、彼は2012年という壁を超えることはできない。
新しい未来が開けるまで、つまり自分が生まれ変われるまで永遠に1999年から2012年の間をグルグルとやり直し続けていなくてはならないのです。
実際にはマヤ神官の末裔の方が「マヤ暦は流行のように単純に西洋暦に当てはめていいものではない」ということで、2012年の12月22日説には否定的だったそうですが、アセンション信仰のような業界ができてしまっていて、もう勝手に走ってしまっているという現状を憂ゑているとのことでした。
時期については2011の10月28日だとか、いや2014年だとか諸説あるようですが、そもそも日付指定というのがデジタルな西欧的考え方であって、もっとボリュームでアナログに考えるならば、期限や時刻や達成のようなものがマヤ暦の思想にそもそも矛盾するのではないでしょうか。変化は、「春」が何月何日に来ると決められないように「時期」なのでしょうし、あるひ春一番の風が吹いて春を感じるとしても、それが何時何分に始まったというものでもないでしょう。
グラデーションのように虹色の中を段階的ににじり寄っていく可能性が高い事であると思います。
しかし、毎年かならず春がやってくるように、暦というのは必ずやってくる繰り返しの周期だからこそ暦なので、今回は来ないってことはないものです。そこに宗教や政治を絡めるから訳の分からない怪物になってしまうのです。
暦が一周する。身近に言えば、一年に一度、4月に学年が上がります。でも、6年目には小学から中学へと大きく変わります。その3年後に高校へ。そういう、小さな区切り、中くらいの区切り、大きな区切りということが、天や地や星々などのサイクルの中にあるということを見つけたのがマヤンカレンダーになったということでしょう。
スプーン
この作品でスプーンはとても重要な役割を果たしています。
丸い部分は凹面と凸面の屈折を表すタマであり、柄の部分はまっすぐに突き進む剣であり、金属製の光る素材は反射を表す鏡。三種の神器の合体したものです。
そこに時間という名の直線のベクトルが軸として入り込んでいく様を思い浮かべて下さい。
柄からまっすぐに進んできた人類の歴史が入り込んではぐるぐると回り続けるスプーンの頭。
道をまっすぐ直進することは、「直道(ひたみち/ひたち)」をひたすすむことであって、正道の象徴です。
が、首の所からその道は曲がり、ヘタレ文明の顔をゆがんで映す、まがごとに支配されたルーピーな世界が待っています。
まさにスプーンの首のところが1999年を表し、その先の、正しくない、まがき世は2012年を先端として1999年に戻されてしまう輪の中の世界です。
ここをグルグルしている間に、まっすぐな道に戻るチャンスは何度でも巡ってきますが、気づいてヘタレの自分を変えない限り、まがごとに振り回されて抜けることができません。
文明(ブンメー)少年のスプーン曲げとは、それを首から曲げ、さらにはへし折ってしまうる能力。これは、繰り返す不毛な未来を、入り込んでいく歴史を曲げ、その先の未来を断つ力です。
滅亡しては歴史を変えようと試みを繰り返すループのような運命・・・このループに入り込む歴史を根元からへし折り、馬鹿げたルーピーな歴史を切り離す。
ルーピーとは、オカルトていに言えば、キリスト教的あるいはさらなるいにしえの叡智が示唆する、時代と時代の継ぎ目のリンクに存在する鎖のような輪っかの中を永遠に巡っているさまのことで、次の新しい世代・新しい時代に突き抜けることのできない状態にあることをあらわします。もっとハッキリ言えば、タロットカードの「運命の輪」の中で深く考えているように見える猿。この猿は輪廻のような、あるいは過ちを繰り返す歴史のような、時間の輪の中から抜けだして永遠の時の中に展開される異界のうてなの階層を登っていくというモードに移れるでしょうか。それとも、せっかくのチャンスを逃して、ふたたび何巡目の運命に突入してしまうでしょうか。
そういう運命の分かれ道がこの「運命の輪」のカード。輪っかから抜けることが、タロットの次のカードの『世界』へ進むために必要とされているわけであります。
それが、最終回の文明の変化で実現します。スプーンが時間と歴史の象徴であるならば、現実を変える決意のもとにスプーンを手に取った文明は、世界を手に取りいかようにも変えることのできる神の象徴でもあり、曲がってへし折られて飛んでいったスプーンの頭は、不毛に繰り返す1999から2012の禍き歴史の象徴です。
ここで行われる文明の闘いこそ、勝てば先に進め、負ければ繰り返す、世界の分岐点。
歴史を変えるのはここからだ!
なんとカッコイイ台詞でしょう!
最期の闘いであり、自分との闘いなのです。自分との闘いを象徴するのは、最終回に先立ち、白と黒に別れて繰り広げられた千尋と美風の愛と欲望の闘い。白と黒と女性、ときたら、タロットの二番、女司祭長のカードです。乙女座を表し、善と悪、光と闇、といった陰陽の分極を表しています。
文明はずっと、純粋にも3Sに欺されてしまうような、それをすばらしいものと勘違いしてしまうような自分だったのですが、それは文明の内側に潜んでいたために明確には自覚できていなかったのでしょう。それを鏡のように目の当たりにさせられてしまいます。自分の内面がそのまま外に出てきて目の前で戦っているということを表す象徴です。
自分の中の愛と欲の闘いがそのまま、自分を信じ真に愛してくれる白魔女と、自分なんかどうせ、と低く見ている黒魔女となっています。
黒魔女(=欲望)はずっと、マヤ(=現代人類)を殺してしまうような志向をもっており、マヤが邪魔で仕方がなかったこともこの回でわかります。
白魔女(=愛)が父(=キリスト教)からの依頼でマヤ(=現代人類)を守ろうとしてきたこと、敵を欺くために味方をも欺してきたこと…
実は父(キリスト教)を殺したと見せかけてどこかに飛ばしてしまったのも、父を守るための愛から出た策略でした。
最終的に黒魔女を倒すのは、父の手帳に書かれていた魔を滅ぼす呪文をマヤが唱えることによって叶います。が、マヤが直接それを読むのではなく、文明に間接的に教えられているという構図があります。
そして文明がそのページを読み上げることを叶えたのも、父を隠した白魔女に聞いたから。白魔女は父から聞いていたわけです。
これをすべて象徴で置き換えてみると、キリスト教の教えが、真の愛を通じて文明に知恵を与え、文明の声を聴いて瀕死の現代人類は呪文の言葉をそのとおり真似して唱えることで命が助かる、という筋書きになります。
人類は、父の教えを、見るのでも読むのでもなく、聴くことと唱えることによって助かる。これは、福音を聴くこと、音が大切であること、神が声であり言葉であることを示します。
はい、神さまキてますキてます、降りてます
日本的に言い換えるならば、この世の終わりには正しい言霊の響きを取り戻すことの大切さ、神が音や声…つまるところ、震動であるということを説いているのだとイメージすれば良いかと思います。
言霊ついでに、千尋と美風には、
チヒロ 散る・拡がるという意味と、地・火・炉などの音と文字、
ミカゼ 水・風(ミカには水瓶の意味もあります)。
この二人は四大元素を表しており、タロットの運命の環のカードの四隅にいる、それぞれ土、火、水、風を象徴する天使。(場合によってはゾディアック、黄道星座の不動宮の牡牛(土)、獅子(火)、蠍(水)、水瓶(風)として描かれています)
また、7つの惑星を使った古典占星術では、牡牛座は金星で愛と富を、獅子座は太陽で意志と自尊心を象徴。どちらも地球よりも内側の星です。自分の内面です。
蠍座は土星で死と性、水瓶座も土星で知性の象徴です。地球より外の惑星は自分の外側にあるもの、それらとの関係などを表すといいます。
この戦いで、文明の愛と誇りが、文明の知と性によって一旦ころされてしまうけれど、それでも愛と誇りの白魔女に力をもらい、文明は黒魔女と自ら戦います。
自分を太陽系の全体とすると、もちろん太陽が中心のココロ。
この身をおく地球をこの世界に生きるおのれと見なしたとき、地球は太陽に従い、太陽のほうへと引っ張ってくれる内惑星である水星と金星の引力には、従っても必ず中心を見失うことがありません。ですが外惑星は地球より中心となる太陽からはより遠いもので、その引力に負ければ、真の中心となる太陽からは遠ざかり、軌道を外れて太陽系外への旅が始まってしまうかも知れません。
内惑星に従い、外惑星を従えることが、己のバランス軌道を保つのに必要な中道です。
光は内側の太陽から広(ヒロ)がり地球にやってきます。音は風(カゼ)のように波紋となって星々を震わせながら外側で反響しひびいています。チヒロとミカゼの立ち位置にかぶります。
意志の内なる声と溢れる愛は、自分さえいれば持てるもの。対し、だれかに吹き込まれる噂声をきくことや、性的な欲求と求める愛は、必ず他者との関係性で生まれるもの。対応するものが、鏡合わせのようでいてそうではない、そっくりの対の関係に見えて、裏表になっています。
ちなみに、日本語ではチにもミにも蛇の意味があります。しかし、土と火、干上がるということではチヒロは牛、烏、太陽の遣いで、ミカゼは蛇と龍…水蒸気や雲や嵐の神々とつながりそうです。
この白黒魔女の戦いの回のタイトルは、『千と風、美と尋う』、のように組み合わせを変えているのですが、キャラの名前に関しても、深く考えてみるともっと解釈できて面白そうです。
まだまだ書き尽くせないのですが、最期に大切だと思ったことをひとつ。
◆文明は母の元にはもう帰らない
ヘタレ文明は彼を生み出した母親の正しくない愛し方によって自立心をくじかれていました。そのままでは歴史は変わらず文明は現状のままループを回り続けます。
自分を生み落とし、育て、仕切っている、母親・・・を振り切って離脱して初めて、文明はマヤという名の人類と共に2012年の先へ人生を歩めるのです。
一般名詞としての文明とはなんでしょうか。文字、記録、文学。社会、組織、制度。建築、工業、科学、技術…
多くは理性によって生み出されます。
占星術で母親を意味するのは、月。子供ブンメーを地球とすると、それを支配してきたのは月であり、ブンメーに何も考えさせずにブンメーのアタマとなってブンメーの代わりにものを考え、決め、行動させ、支配してきました。
実際の月に人類のお頭がいるとも取ることが出来ますし、月はヨーロッパの象徴であるので西欧主導の文明からの脱却を意味しているとも取ることが出来ます。
いずれにしろ、一度自分で考えて自分の足であるくことを決意したなら、もうそこへ戻ることはない。
月の母性のおかげで文明はここまで育って来たことは確かだけれど、このままでは繰り返すだけだから。
育ててもらったことは感謝しつつも、もう支配からは脱却しないといけない、ということを語っているわけですね。
文明(ふみあき)は過保護かつ自分のことのように息子の人生の時間を支配するな母のせいで、カレーすら箸で食べようとするほどのスプーン嫌いになっていました。
もちろんかつては曲げられたスプーンも曲げられないようになっていた。
上にも書いたように、スプーンを時間の流れとその上に展開される世界そのものの象徴だとすると、世界を変える能力を失っていたという意味になります。
母が月ならば、自分を象徴するのが、地球。だからこその、「大地にしっかり足をつけて」という言葉があり、それは、自分の内なる声、真の自分にダイレクトにアクセスして生きていけというメッセージです。月の象徴する「母のもたらす知性や合理的な判断」は、本来は自分を守るための補助の役であり、失敗しないためには必要なことなのですが、それに照らして考えすぎてしまうと、いつしか直感的に自分の望みを知ることもできなくなっていってしまいます。
いつも損得を考えて、いつもうまくいくように計算をして、いつも周囲(とくに自分を保護してくれ所属させてくれている母体)の顔色を見つつバランスをとったりタイミングを計ったりして、野性的な本能が下す「今だ!今こうしろ!」というひらめきにも反応が鈍くなる。
そして、なによりも、この作品を見ていると、2012年のアセンションは上へではなく、下へ行くことなのだと言っているように感じられてなりません。誰もが皆、地球は自分そのものであるのに、自分という大地を離れて天空へと解放されることを考える…けれどそれは、月という母のいるところへ回帰したいだけの赤ちゃん返りの甘えに過ぎないのではないか?自分が生まれてきたところ、空に還りたいというのは、ごく自然な欲求で、自立とは反対の方向なのではないか。そんなことを思います。
また月軌道を越え外惑星のほうへ気持ちが向かうなら、自分の外へ肉体を離れようとする衝動はただの死への欲求であると。(体を持った肉体の話ではなく、心の話です)
実は地球の重力の核心部へと深く潜ること、腹の中の魂に潜ることで、極小の点の向こう側にある極大の自分と出会う、そのための戸を開けることが、世界を想うままにデザインできるこの世の真の支配者になるための大きな巣立ちなのでは・・・
エンディングテーマが大地に寝転ぶマヤと文明だったことからも、そんな逆説的なことを示唆する最終回だったように思えました。
地に足がついてない人は、ループを繰り返します。
脱却するには、十字架の横軸から縦軸へと乗り換えるように、まっすぐに直角に、直目を通り抜けるしかない。
それは、おのれの外側には無い。
そんなことを訴えられているような作品でした。『世紀末オカルト学院』。まだまだ深読みできるポイントはありそうですが、今回はこの辺で。
今日は大晦日。みなさんよいお歳を!
2010年11月17日
世紀末オカルト学院がアセンションの解説をしているようだ。1
ついに終わりました『世紀末オカルト学院』の作品レビューです。
今年私が見たアニメで一番濃ゆかった作品。
「オカルト」とは「隠されたもの」という意味なんであります。
仮にもオカルトをテーマに作られてますから、やはり隠された面を掘り起こしてこその作品です!
何と言っても「あの」学研のムーに監修を頼んでいるという真面目な姿勢が素晴らしい。
私も決してオカルトに詳しくなく、ほんの浅瀬で遊んでいる程度の知識しかありませんが、少ない知識を総動員して解釈するに、
この作品のオープニングアニメからして時計が「2012年」を表示していることから、まちがいなくマヤ暦の大周期の終わりに関するネタが来るのだろうと思いました。
「世紀末」という前世紀的な死語を新世紀に入った今あえて使おうというこの作品。
一体どんな作品になるのかと期待して見始めましたが、一話ではまだ終末論は出てきません。しかも「マヤ」って、マヤ文明のことじゃなくて主人公と副主人公の名前が「マヤ」と「文明」なのか!っていう、そこで前のめりにコケます。さっそく笑かしてくれます。期待させといて知らばっくれる、しょっぱなにしてこのボケ方は期待大です。
それから、マヤのお父さんの声優さんが、UFO特番とかで解説の声として聞き覚えのある御声…!
なんとツボを押さえたサービスぶり!
出だしはこんな感じ。
▼ 2012の世界は荒廃していた。1999年に異次元から宇宙人が現れて地球を殲滅してしまったためだ。
生き残りの数名が宇宙人のテクノロジーを手に入れてタイムトラベル装置の開発に成功、能力者を1999に送って宇宙人の到来を防ごうとするが5回繰り返しても運命が変わらない。
内田文明(うちだ ふみあき)はかつてスプーン少年だった超能力を買われて「6番目のアベ ミノル」として過去へ送られ、神代マヤ(くましろ まや)と出会う・・・。
▲
この「6番目」っていうのは、マヤ暦のサイクルに関する言い伝えで、
「B.C.3114年8月13日にマヤ暦の五番目にして最後の周期である現在の時代が始まった。このサイクルが終わるのは(現地時間の)2012年12月21日である。」
というものとリンクしているのだと思います。
※日本とは半日以上の時差がありますから、日本では2012年12月22日になっていることでしょう。
つまり、2012年の冬至以降は「6番目のサイクルの時代」が到来する、ということになるわけです。
やはり徹底してマヤ文明の暦のネタで来るようです。
2012年ネタというのは、「人類の進化が来る!」とか、「いや終末と再生だ」とか、「いやいや地球が宇宙のフォトンベルトに突っ込んで地球ごと変質するのだ」とか、「つまりこの世が終わるんですね」とか、「じゃあ救世主が現れるなら今しかないじゃん!」とか、「それは宇宙人なんだよ!」とか・・・その他諸々の情報が錯綜して面白いことになっています。
はっきり言って2012年ネタははオカルト界の流行の最先端。いまが旬!です。目の付け所がシャープです。
オカルトにも流行り廃りがあるのです。
で、2012年は1999年の7の月ネタ…(ノストラダムスの大予言で人類滅亡かも!って本が出て、にわかにオカルトマニアが増えて、カルト教団がヒステリックに叫んで、みんなして騒いでいた)あの世紀末以来のビッグトピックがあるのです。
諸世紀にハルマゲドンにと、世紀末ネタはアラフォーにはたまらない懐かしい香りがします。
2012年の世界大変革説には色んな解釈があるのでなおさら面白い。「地球がフォトンベルトの中を通るのだ」とか、「アセンションが起こるのだ」とか・・・他にもあるようです。
私がこれ(マヤ暦の終わりの解釈ネタ)を聞いたのは1980年代の後半でしたが、当時はまだ1999年の方が近かったのでノストラダムス予言の陰に隠れてました。
ちなみに、アセンションというのは、単語の由来となったのは本来的にはキリスト教で(聖書で、かな?)天国へ魂がのぼること、すなわち昇天を意味する英単語ascensionの音訳だそうです。
が、別に聖書ではそれが2012年だとは述べていませんし、そもそもこのとき死者の魂も蘇って天国で永遠に生きる対象はあくまでもキリスト教信者。またユダヤ教だかでは「その時エルサレムのモリヤの丘に眠っていること」など、宗教的な条件がついているために、ほとんどの日本人は対象外なんじゃないかという話でもあります。
この、狭い意味での(本来の)アセンションは、宗教に依拠しており、個々人の信仰態度などによって救われたり救われなかったりするという教えの延長上にあるものになります。
一方、最近流感のごとくに蔓延する(もうひとつの)アセンションブームの方は、宗教信仰に関係なく、この地球が全体としてそういう時期を迎えるのだという解釈で、異教の暦であったり、予言や預言などに基づいています。
このオカルト学院で扱っているのは、多分この後者の方、人類全体にかかってくるアセンション(と呼ぶかどうかは別にしても、新時代の到来)を暗示しようというものであると思います。
この作品に隠された真理は一体何なのでしょうか。
そのほとんどが最終回で一気に浮き彫りになります。
.古い文明は2012より先には存在しない。
.新しい文明のはじまりは1999からである。
.つまりこの13年間に文明は入れ替わる。
.ということをマヤだけが知っている。
という事実です。
「マヤ」はマヤの言い伝えのことを指すものだとして読み替え、「文明」は一般名詞として、私たちのこの現代の文明を指しているものとして読み替えてみると、まさに時代の転換期であること――2010の私たちは、大きな運命の分かれ道で新しい文明を選んだ(選ぼうとしている)世界に生きているよ、ということを訴えてはいないでしょうか。
一話から最終話まで、裏テーマであり本来の主題である2012ネタに付いて、とうとう一言も「文明の進化」だの「アセンション」だのといった巷で騒がれているような言葉は使わずに、別のストーリーとして描き、しかも本来のオカルト部分には齟齬や破綻がないようにしつつ、表のストーリーもそれぞれ見て面白く、役割や名前に託して完全に「智慧を隠して」作品に仕上げた、さらにこのアニメはホントに素晴らしい!(オカルト的な意味で)
この作品はまた、こんなメッセージも発しています。
・「未来の文明」を自称するものが天から現れるだろう。
だが、このとき現れる「未来の文明」は口ばかりで内容が伴わないものである。
むしろ「未来はこんな不幸が来るぞ、気をつけろ」と警告する反面教師となる。
・このときやってくる「未来の文明」は、先のない旧文明の成れの果てにすぎない。
(未来から警告に来るハイテクなメッセンジャーは、先のない文明の行く末の姿だから。)
うーん、本物の救世主が現れる前に救世主とは正反対の性質を持ったものが現れるっていう、アンチキリストの出現の暗示でしょうか。
さすがムー編集部監修です、どんどん深読みできます。
その2へつづく
今年私が見たアニメで一番濃ゆかった作品。
「オカルト」とは「隠されたもの」という意味なんであります。
仮にもオカルトをテーマに作られてますから、やはり隠された面を掘り起こしてこその作品です!
何と言っても「あの」学研のムーに監修を頼んでいるという真面目な姿勢が素晴らしい。
私も決してオカルトに詳しくなく、ほんの浅瀬で遊んでいる程度の知識しかありませんが、少ない知識を総動員して解釈するに、
この作品のオープニングアニメからして時計が「2012年」を表示していることから、まちがいなくマヤ暦の大周期の終わりに関するネタが来るのだろうと思いました。
「世紀末」という前世紀的な死語を新世紀に入った今あえて使おうというこの作品。
一体どんな作品になるのかと期待して見始めましたが、一話ではまだ終末論は出てきません。しかも「マヤ」って、マヤ文明のことじゃなくて主人公と副主人公の名前が「マヤ」と「文明」なのか!っていう、そこで前のめりにコケます。さっそく笑かしてくれます。期待させといて知らばっくれる、しょっぱなにしてこのボケ方は期待大です。
それから、マヤのお父さんの声優さんが、UFO特番とかで解説の声として聞き覚えのある御声…!
なんとツボを押さえたサービスぶり!
出だしはこんな感じ。
▼ 2012の世界は荒廃していた。1999年に異次元から宇宙人が現れて地球を殲滅してしまったためだ。
生き残りの数名が宇宙人のテクノロジーを手に入れてタイムトラベル装置の開発に成功、能力者を1999に送って宇宙人の到来を防ごうとするが5回繰り返しても運命が変わらない。
内田文明(うちだ ふみあき)はかつてスプーン少年だった超能力を買われて「6番目のアベ ミノル」として過去へ送られ、神代マヤ(くましろ まや)と出会う・・・。
▲
この「6番目」っていうのは、マヤ暦のサイクルに関する言い伝えで、
「B.C.3114年8月13日にマヤ暦の五番目にして最後の周期である現在の時代が始まった。このサイクルが終わるのは(現地時間の)2012年12月21日である。」
というものとリンクしているのだと思います。
※日本とは半日以上の時差がありますから、日本では2012年12月22日になっていることでしょう。
つまり、2012年の冬至以降は「6番目のサイクルの時代」が到来する、ということになるわけです。
やはり徹底してマヤ文明の暦のネタで来るようです。
2012年ネタというのは、「人類の進化が来る!」とか、「いや終末と再生だ」とか、「いやいや地球が宇宙のフォトンベルトに突っ込んで地球ごと変質するのだ」とか、「つまりこの世が終わるんですね」とか、「じゃあ救世主が現れるなら今しかないじゃん!」とか、「それは宇宙人なんだよ!」とか・・・その他諸々の情報が錯綜して面白いことになっています。
はっきり言って2012年ネタははオカルト界の流行の最先端。いまが旬!です。目の付け所がシャープです。
オカルトにも流行り廃りがあるのです。
で、2012年は1999年の7の月ネタ…(ノストラダムスの大予言で人類滅亡かも!って本が出て、にわかにオカルトマニアが増えて、カルト教団がヒステリックに叫んで、みんなして騒いでいた)あの世紀末以来のビッグトピックがあるのです。
諸世紀にハルマゲドンにと、世紀末ネタはアラフォーにはたまらない懐かしい香りがします。
2012年の世界大変革説には色んな解釈があるのでなおさら面白い。「地球がフォトンベルトの中を通るのだ」とか、「アセンションが起こるのだ」とか・・・他にもあるようです。
私がこれ(マヤ暦の終わりの解釈ネタ)を聞いたのは1980年代の後半でしたが、当時はまだ1999年の方が近かったのでノストラダムス予言の陰に隠れてました。
ちなみに、アセンションというのは、単語の由来となったのは本来的にはキリスト教で(聖書で、かな?)天国へ魂がのぼること、すなわち昇天を意味する英単語ascensionの音訳だそうです。
が、別に聖書ではそれが2012年だとは述べていませんし、そもそもこのとき死者の魂も蘇って天国で永遠に生きる対象はあくまでもキリスト教信者。またユダヤ教だかでは「その時エルサレムのモリヤの丘に眠っていること」など、宗教的な条件がついているために、ほとんどの日本人は対象外なんじゃないかという話でもあります。
この、狭い意味での(本来の)アセンションは、宗教に依拠しており、個々人の信仰態度などによって救われたり救われなかったりするという教えの延長上にあるものになります。
一方、最近流感のごとくに蔓延する(もうひとつの)アセンションブームの方は、宗教信仰に関係なく、この地球が全体としてそういう時期を迎えるのだという解釈で、異教の暦であったり、予言や預言などに基づいています。
このオカルト学院で扱っているのは、多分この後者の方、人類全体にかかってくるアセンション(と呼ぶかどうかは別にしても、新時代の到来)を暗示しようというものであると思います。
この作品に隠された真理は一体何なのでしょうか。
そのほとんどが最終回で一気に浮き彫りになります。
.古い文明は2012より先には存在しない。
.新しい文明のはじまりは1999からである。
.つまりこの13年間に文明は入れ替わる。
.ということをマヤだけが知っている。
という事実です。
「マヤ」はマヤの言い伝えのことを指すものだとして読み替え、「文明」は一般名詞として、私たちのこの現代の文明を指しているものとして読み替えてみると、まさに時代の転換期であること――2010の私たちは、大きな運命の分かれ道で新しい文明を選んだ(選ぼうとしている)世界に生きているよ、ということを訴えてはいないでしょうか。
一話から最終話まで、裏テーマであり本来の主題である2012ネタに付いて、とうとう一言も「文明の進化」だの「アセンション」だのといった巷で騒がれているような言葉は使わずに、別のストーリーとして描き、しかも本来のオカルト部分には齟齬や破綻がないようにしつつ、表のストーリーもそれぞれ見て面白く、役割や名前に託して完全に「智慧を隠して」作品に仕上げた、さらにこのアニメはホントに素晴らしい!(オカルト的な意味で)
この作品はまた、こんなメッセージも発しています。
・「未来の文明」を自称するものが天から現れるだろう。
だが、このとき現れる「未来の文明」は口ばかりで内容が伴わないものである。
むしろ「未来はこんな不幸が来るぞ、気をつけろ」と警告する反面教師となる。
・このときやってくる「未来の文明」は、先のない旧文明の成れの果てにすぎない。
(未来から警告に来るハイテクなメッセンジャーは、先のない文明の行く末の姿だから。)
うーん、本物の救世主が現れる前に救世主とは正反対の性質を持ったものが現れるっていう、アンチキリストの出現の暗示でしょうか。
さすがムー編集部監修です、どんどん深読みできます。
その2へつづく
2010年04月02日
祝ヘタリア第三期~
先週配信分なのに今頃レビュー。
オープニングアニメが変わったね!
壮大な音楽はそのまま、赤いバラじゃなくて緑の苔・・・あいや違った、昨日すりつぶしたよく分からない森?ツンドラステップ??
それともひしめくカッパ君・・・
私の好きな色は幼少の頃から緑です。(キリッ) ←すごくどうでもいい
そして!
ガリ男さん!ああガリ男さん!ガリ男さん!
はっっガリ男が好きすぎて思わず一句詠んでしまった・・・
全aphキャラの中でもっとも男らしい国!それが畔ガリーさんです。
今回はちびキャラでしたねー。原作の、もっと大人になってるところがしびれる格好良さです
あんなカッコイイ殿方が男のわけないよ・・・!を地でいく感じです。
絵の雰囲気が柔らかい部分があって、ちび系はちょっとちびたりあ系でいくのかなとかちょっと嬉しかったり。
白い服ぷまいです。そこに色々と色があるあ絵面が好きです。
それと路マーノ~いいなぁせっかく統一した弟と分かれそうになる危機をちょっとでも感じると努イツに挑みに行くロマがたまらない。
なんだろう、主ペインにしてもらったように辺ネチアーノにしてあげようっていう庇護者的な気持ち?
にもかかわらず弟と同じボケっぷりでちっとも頼りにならない兄!あれ双子だから兄が後から生まれたのか?
浪川さんの二役が大好きだ!いいなーすごいなー。
この二人が一緒の図も最高だ。勝手に行っておいて「お前のためにひどい目にあった」っていうのがまんますぎる。
二役と言えば、今回は飴リカさんと加ナダさんのキャッチボールも出てきました。これも好きなエピソードです。
スローライフ!いいですよね。
でも今回のはいつも以上に大きな画面で見たかったと思う回だった。まったくDVDを買いたくさせる配信方法である。
最後の最後に、白い画面にシンプルに黒のゴシック体風の字で「幻冬舎コミックス」って出てくるの、すごく印象的だった。
あれは良い宣伝ですね。そういえば今まであまり幻冬舎という名前を意識させない配信であったから、「あ、そうそう」と思い出す。良い良い。
映画の冊子付きの前売り券も先週買いましたさ!!レスキュー隊員みたいなレンジャー服っぽいのを、映画用に設定したんですね。みんな似た感じの形で色違いというように見受けるので、なにか運動会とか競技会でもやるのかな的な想像もしたり、ああ・・・こうして色々考えながら待っているときが楽しいですね。
学園ヘタリアMobileでケータイ無料ゲーム
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オープニングアニメが変わったね!
壮大な音楽はそのまま、赤いバラじゃなくて緑の苔・・・あいや違った、昨日すりつぶしたよく分からない森?ツンドラステップ??
それともひしめくカッパ君・・・
私の好きな色は幼少の頃から緑です。(キリッ) ←すごくどうでもいい
そして!
ガリ男さん!ああガリ男さん!ガリ男さん!
はっっガリ男が好きすぎて思わず一句詠んでしまった・・・
全aphキャラの中でもっとも男らしい国!それが畔ガリーさんです。
今回はちびキャラでしたねー。原作の、もっと大人になってるところがしびれる格好良さです
あんなカッコイイ殿方が男のわけないよ・・・!を地でいく感じです。
絵の雰囲気が柔らかい部分があって、ちび系はちょっとちびたりあ系でいくのかなとかちょっと嬉しかったり。
白い服ぷまいです。そこに色々と色があるあ絵面が好きです。
それと路マーノ~いいなぁせっかく統一した弟と分かれそうになる危機をちょっとでも感じると努イツに挑みに行くロマがたまらない。
なんだろう、主ペインにしてもらったように辺ネチアーノにしてあげようっていう庇護者的な気持ち?
にもかかわらず弟と同じボケっぷりでちっとも頼りにならない兄!あれ双子だから兄が後から生まれたのか?
浪川さんの二役が大好きだ!いいなーすごいなー。
この二人が一緒の図も最高だ。勝手に行っておいて「お前のためにひどい目にあった」っていうのがまんますぎる。
二役と言えば、今回は飴リカさんと加ナダさんのキャッチボールも出てきました。これも好きなエピソードです。
スローライフ!いいですよね。
でも今回のはいつも以上に大きな画面で見たかったと思う回だった。まったくDVDを買いたくさせる配信方法である。
最後の最後に、白い画面にシンプルに黒のゴシック体風の字で「幻冬舎コミックス」って出てくるの、すごく印象的だった。
あれは良い宣伝ですね。そういえば今まであまり幻冬舎という名前を意識させない配信であったから、「あ、そうそう」と思い出す。良い良い。
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2010年02月18日
デトロイト・メタル・シティ 第2話
このあいだ1話を観て大笑いしたので見続けることにした。
前に松ケン映画になったときに原作漫画を読んで爆笑し、実写化映画も面白くて、アニメだけは観ていなかったので楽しみ。
どう考えても弱々しくてダサダサ系の主人公が強制的にかぶせられたペルソナのおかげで心ならずも(?)見せてしまう激しさとのギャップがおかしくておかしくて仕方がない。
ヒロインの中の人をやってる中澤まさみ嬢の感情のらない声がまた作品の雰囲気的に味がある感じもする。
第2話でも奇跡ほどに好意的な勘違いをしてくれる天使のような子だ…こんなキモい(という設定の)主人公が思いやれる優しさ!!
自分も、はるか昔に学生だった頃はあんなふうに純真だった気がするけど(←)今思い返せば、その気がないのならばあまり女性は男性に誰にでも平等に優しくしてしまってはいけないものなのかもしれないとも思う…つまりこの漫画は主人公のモノローグ入りまくりの主観的な視点が多いわけだから、そこに描きかれているヒロイン像も、多分に惚れた目の補正が入っているのかもしれない。
「脈があるかもしれない」ように見えるってコトだ。
いや、有ると言うことになっていくのではないかと思うんだけれども。マンガだし。
でも彼女が自分の親戚とか従姉妹とかだったらアドバイスしてあげたい。その性格では、「尊敬するような憧れの好きな人と結ばれず、友達異常には思えない多数の弾性から好かれてしまって、『なんでこうなんだろう…』と悩む」ような羽目になりかねないと心配だ。
思うに、年頃になったら、いわゆる「いい子」にしてはダメだ!アイドルとか、夜の仕事のような道を選ぶのでない限り、素人にはお勧めできない。
あれ?アニメレビューだよねこれ・・・
なんかもう少し別視点で感想を書こう。
アニメの画面が、「自動繰りの漫画」っぽい演出なのがすごくイメージに合ってていいと思った。周り黒くして、小さめの縦コマとか、文字のフキダシとか。
それを今までの伝統時アニメと同じカテゴリで巨大倉庫にボーンと投げ込んでて果たしていいのかな?と最近は思うことがおおくなってきた。
なんというか、ケータイでも観られる漫画のコマおくり手法とかもそうだけど、動く漫画っていう新しい分類できっちりリスト化していくのも必要な時代がやってきたのじゃないかなーと思うくらい、はっきりとこのジャンルの作り方のパターンっていうのがある気がする。
個人的には好きだ。
ひょっとして、小説が漫画化されたり映画化されたりアニメ化されるという選択肢の別のものとして、この動く漫画系のアニメ化っていうのは独立して存在していても良いんじゃないかと。
だから、一度この形で「アニメ化された」って言葉で片付けるのじゃなくて、まったく別物として、文字一切無しでニョロニョロとうごくアニメ化もされたり、その逆に過去アニメがこういうスタイルでリメイクされたりっていうのも、あったらいいなと思う。
どちらにもそれぞれの良さがあって、捨てがたい。それぞれに追求できる表現上の可能性も方向性も、違うものだと思うから。
前に松ケン映画になったときに原作漫画を読んで爆笑し、実写化映画も面白くて、アニメだけは観ていなかったので楽しみ。
どう考えても弱々しくてダサダサ系の主人公が強制的にかぶせられたペルソナのおかげで心ならずも(?)見せてしまう激しさとのギャップがおかしくておかしくて仕方がない。
ヒロインの中の人をやってる中澤まさみ嬢の感情のらない声がまた作品の雰囲気的に味がある感じもする。
第2話でも奇跡ほどに好意的な勘違いをしてくれる天使のような子だ…こんなキモい(という設定の)主人公が思いやれる優しさ!!
自分も、はるか昔に学生だった頃はあんなふうに純真だった気がするけど(←)今思い返せば、その気がないのならばあまり女性は男性に誰にでも平等に優しくしてしまってはいけないものなのかもしれないとも思う…つまりこの漫画は主人公のモノローグ入りまくりの主観的な視点が多いわけだから、そこに描きかれているヒロイン像も、多分に惚れた目の補正が入っているのかもしれない。
「脈があるかもしれない」ように見えるってコトだ。
いや、有ると言うことになっていくのではないかと思うんだけれども。マンガだし。
でも彼女が自分の親戚とか従姉妹とかだったらアドバイスしてあげたい。その性格では、「尊敬するような憧れの好きな人と結ばれず、友達異常には思えない多数の弾性から好かれてしまって、『なんでこうなんだろう…』と悩む」ような羽目になりかねないと心配だ。
思うに、年頃になったら、いわゆる「いい子」にしてはダメだ!アイドルとか、夜の仕事のような道を選ぶのでない限り、素人にはお勧めできない。
あれ?アニメレビューだよねこれ・・・
なんかもう少し別視点で感想を書こう。
アニメの画面が、「自動繰りの漫画」っぽい演出なのがすごくイメージに合ってていいと思った。周り黒くして、小さめの縦コマとか、文字のフキダシとか。
それを今までの伝統時アニメと同じカテゴリで巨大倉庫にボーンと投げ込んでて果たしていいのかな?と最近は思うことがおおくなってきた。
なんというか、ケータイでも観られる漫画のコマおくり手法とかもそうだけど、動く漫画っていう新しい分類できっちりリスト化していくのも必要な時代がやってきたのじゃないかなーと思うくらい、はっきりとこのジャンルの作り方のパターンっていうのがある気がする。
個人的には好きだ。
ひょっとして、小説が漫画化されたり映画化されたりアニメ化されるという選択肢の別のものとして、この動く漫画系のアニメ化っていうのは独立して存在していても良いんじゃないかと。
だから、一度この形で「アニメ化された」って言葉で片付けるのじゃなくて、まったく別物として、文字一切無しでニョロニョロとうごくアニメ化もされたり、その逆に過去アニメがこういうスタイルでリメイクされたりっていうのも、あったらいいなと思う。
どちらにもそれぞれの良さがあって、捨てがたい。それぞれに追求できる表現上の可能性も方向性も、違うものだと思うから。
2009年09月09日
虚空
しかし思うのは、宇宙空間とは地球の重力圏を離れた黄泉の国に通じているのではないかということ。
ぽっかりと口をあけた真っ暗な異世界は、底なしのようでちょっと恐ろしい感じもします。
それでも・・・宇宙空間が暗いのは、そこに光がないからではなく、むしろ光を邪魔するチリや抵抗物がないから、なんですよね。だからこそ穏やかで、だからこそ、目には見えないけれど、むしろ光にあふれているとも言える。
私たちが見る光とは、直接目に飛び込んだ星の光以外はつまるところ反射光ですし、そもそも空気中ではそのままの光なんて物自体が存在してませんものね。
リュークたちのいたデスノの死神界って、空が暗いみたいなんですけど、あれはどこにあるんだろう・・・。
どうでもいいけどヌが好きだ。シドウの次くらいに好きです。
ぽっかりと口をあけた真っ暗な異世界は、底なしのようでちょっと恐ろしい感じもします。
それでも・・・宇宙空間が暗いのは、そこに光がないからではなく、むしろ光を邪魔するチリや抵抗物がないから、なんですよね。だからこそ穏やかで、だからこそ、目には見えないけれど、むしろ光にあふれているとも言える。
私たちが見る光とは、直接目に飛び込んだ星の光以外はつまるところ反射光ですし、そもそも空気中ではそのままの光なんて物自体が存在してませんものね。
リュークたちのいたデスノの死神界って、空が暗いみたいなんですけど、あれはどこにあるんだろう・・・。
どうでもいいけどヌが好きだ。シドウの次くらいに好きです。
2009年09月04日
ヘタリア Axis Powers 33話
なんかヘタリアが紙芝居風のFLASHアニメみたいな作風からホントのアニメっぽくなってきた!
ちょっと前から感じてたことだけど、今回はもうカンペキそういう感じがした。
今回はなんだかドイツが萌を提供してくれる係だった…
喫茶店を出る時に「どこに配属されても…」と語りかけるドイツが素敵過ぎる。
イタリアを寝かせて自分が見張り番するドイツの精神が男前だ―!
スペイン兄ちゃんの喫茶店もう最高。落ち着かないわ~あのやかましい感じは漫画原作以上やわ!後ろでテープの早回し見たいにキュルキュルとした音を流し続けてるのがいかにもペラペラと他にも喋ってるんだろうなって感じでグッジョブ演出。
流れ星に願いをかける話は、ひまさんのWEBどおりのオチですっごい嬉しかった。
イギリスの頭に星が突き刺さったのでイギリスが頭痛で家に帰りました、ってすごく好きだったのに、なぜかTHE本だとオチが省かれていたから、史実とか照らし合わせてしまう人のために省いたのかなと思ってた。
(イギリスはこの戦線で実際に一旦撤退したのか?とか、そういうツッコミにつながるからかなと)。
アニメの方はもうナンセンス漫画に徹するみたいなので、ギャグとかは史実現実に気を遣わずに架空の世界・架空のキャラとしてはじけていって欲しい。
第一期の頃ってまだアニメのスタンスがわからないから、日本が中国さんの「弟ある」に無言で「・・・ちがいますよ」って主張してるんだけど、最後に「あ、はい」って言っちゃうのとかもすんごく気になってたんだけど、このくらいの流れが充分に続いた中であの話が放映されたら別に気にならなかっただろうなーと今なら思える。
ビミョーに緊張の走る話なのに早いうちにやりすぎてしまったんだよねきっと。
当初は一期しかないかもという状況の中で人気がある話を詰めたんだと思うから仕方ないけど。
あと、アメリカの「なんだいそれ!イギリスかっこいい」は、あの燃え沸立つ感覚を内在して爆発しそうなアメリカの耐えがたそうな微妙な顔つきがめちゃめちゃ好きだったので、余裕かかましてフツーに明るくカッコイイ♪って言ってるアニメの方はちょっぴり「もっと限界まで感動して!」と言いたくなったかな(笑
でもアニメのアメリカも派手な背景しょって手前に出てくる感じのキャラ絵は可愛かったのでこっちはこっちで良し。むしろ美味しいところが2倍になったということでOK。
最後のドイツ語での「さようなら」の挨拶も、次に会えるのは来週か…って、ああドイツさんと離れがたくなるじゃないですか!的な萌えを提供してくれました。
総合的に、今回もドイツの回です。
ああ、やっぱりヘタリアは独伊の話だったんだっけとあらためて確認しました。そうだよ彼らが主役だよねホントに…。
喫茶店シリーズのスウェ-デンが出るかと期待したらじらしプレイのようです。ああっ。
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ちょっと前から感じてたことだけど、今回はもうカンペキそういう感じがした。
今回はなんだかドイツが萌を提供してくれる係だった…
喫茶店を出る時に「どこに配属されても…」と語りかけるドイツが素敵過ぎる。
イタリアを寝かせて自分が見張り番するドイツの精神が男前だ―!
スペイン兄ちゃんの喫茶店もう最高。落ち着かないわ~あのやかましい感じは漫画原作以上やわ!後ろでテープの早回し見たいにキュルキュルとした音を流し続けてるのがいかにもペラペラと他にも喋ってるんだろうなって感じでグッジョブ演出。
流れ星に願いをかける話は、ひまさんのWEBどおりのオチですっごい嬉しかった。
イギリスの頭に星が突き刺さったのでイギリスが頭痛で家に帰りました、ってすごく好きだったのに、なぜかTHE本だとオチが省かれていたから、史実とか照らし合わせてしまう人のために省いたのかなと思ってた。
(イギリスはこの戦線で実際に一旦撤退したのか?とか、そういうツッコミにつながるからかなと)。
アニメの方はもうナンセンス漫画に徹するみたいなので、ギャグとかは史実現実に気を遣わずに架空の世界・架空のキャラとしてはじけていって欲しい。
第一期の頃ってまだアニメのスタンスがわからないから、日本が中国さんの「弟ある」に無言で「・・・ちがいますよ」って主張してるんだけど、最後に「あ、はい」って言っちゃうのとかもすんごく気になってたんだけど、このくらいの流れが充分に続いた中であの話が放映されたら別に気にならなかっただろうなーと今なら思える。
ビミョーに緊張の走る話なのに早いうちにやりすぎてしまったんだよねきっと。
当初は一期しかないかもという状況の中で人気がある話を詰めたんだと思うから仕方ないけど。
あと、アメリカの「なんだいそれ!イギリスかっこいい」は、あの燃え沸立つ感覚を内在して爆発しそうなアメリカの耐えがたそうな微妙な顔つきがめちゃめちゃ好きだったので、余裕かかましてフツーに明るくカッコイイ♪って言ってるアニメの方はちょっぴり「もっと限界まで感動して!」と言いたくなったかな(笑
でもアニメのアメリカも派手な背景しょって手前に出てくる感じのキャラ絵は可愛かったのでこっちはこっちで良し。むしろ美味しいところが2倍になったということでOK。
最後のドイツ語での「さようなら」の挨拶も、次に会えるのは来週か…って、ああドイツさんと離れがたくなるじゃないですか!的な萌えを提供してくれました。
総合的に、今回もドイツの回です。
ああ、やっぱりヘタリアは独伊の話だったんだっけとあらためて確認しました。そうだよ彼らが主役だよねホントに…。
喫茶店シリーズのスウェ-デンが出るかと期待したらじらしプレイのようです。ああっ。
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2009年07月17日
ヘタリアaxis powers第26話&第一期の感想
最終回、と言うには全体の流れ的な意味でのオチはつけなかったようですねー。最近のアニメの特徴だろうか・・・普通に来週からも続きそうなノリで最終回になるのは。
無理くり最後らしさを考えて見るならば、「連合ファイブはこれまでにも何回も襲ってきたんだけどまたしても自分たちのまとまりのなさで自滅しちゃったよ、こいつらこれからも不毛だよ」…といった感じ?
ていうか、枢軸の三人、いまだに遭難してたんだ!?
今回はバズビーズチェアが主役でしたね。アメリカに使われるはずがロシアに使われ、ロシアが座れるから最後に枢軸を威嚇できなくなってしまった、というふうに流れがつながっていて、上手かったな。
最初のアメリカにしかけようとする前にはイギリスがアメリカを酔わせて情報を吐かせようとする → 失敗するどころか死にたいほど醜態晒す → むしろ見られたアメリカを呪ってしまえ → 呪いのばずびーずチェア (以下略)
という具合に、バラバラの話をなんとなく由来アリの流れに持って行ってあったのが印象的で、出だしから最後までずーっと流れつながってたのって、初めてかもしれない…?
椅子のテーピングがどんどん増えるのが笑えました。
あと、家具を補修して大切に使うイギリスの行動が、いかにも英国らしいよ!(笑)
イギリスと言えば前回のちびメリカとのシーンでほんっっっといい笑顔見せてくれたなー。もう一度あんな風に笑わせてあげたいものだねー。
振りかえっての感想を書いてみると、フランスお兄さんが結局あの結婚してくれないかネタ以来活躍せずにラストを迎えてしまった印象が。(実際かなり出てるのに)
そしてロシアちゃんことロっさまの出番も英米に比して薄かったかな。
紅一点の中国さんは前回の中華街でまあなんとか印象づいたけど・・・。
意外にスイスとリヒをみっちりやってくれたのが嬉しかったのと、そこでオーストリアさんが出られたのはホッとした。それ以上にプロイセンが絡んだのが良かったよ!ニヨニヨニヨニ・・・が良かった。
あれ、でも考えてみるとオーストリアさんはちびたりあで結構出てたのか。ハンガリーさんや神聖ローマたちと。
世界が違うと出てない気がしちゃうこの不思議。
ほすたる4以外で他国があんまり出なかったよねー2期以降に期待です。
ソビiesとか北欧にもっともっと出て欲しい、あとギリシャトルコ!もっともっと活躍できるはずだ~!!
湾ちゃんと香くんはキャラ設定にないから無理なのかなー・・・でもタイさんなら可能性アリでは?
うぉー色々楽しみになってきましたよ。
二期からのOPとかEDってどうなるの?私としてはOPの薔薇色は変えてもらって結構だがEDは気に入ってるからあのままでもいいな。
変わったら変わったでもっと良いかもしれないから「変わらないで」とまでは言わないんだけど。でも今のEDすごく好き。曲もアニメも。
5分アニメなのは変わらないのか…ドラえもん的に細く長くやるのも手かもしれないけど、12分くらい枠があってもいいのに!
作る方だってもっと色々実験的なことができるかもしれないと思うんだけどねー。
アメリカの倉庫掃除がノンストップ一本で見られたらいいのに!
ちょっと恐ろしい気がするのは独伊のバレンタインです。でもあそこに出てくるプロイセンの言動が好き過ぎるので観て見たい気もしなくない…
あー、でも、4期か5期くらい行ってヘタリアが完全に市民権得てから(というか、皆がヘタノリに慣れてしまってから)のほうがいいかもね。微BLなラインで何食わぬ顔で突っ走っていってほしいものです。ギリギリのグレーゾーンを。
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無理くり最後らしさを考えて見るならば、「連合ファイブはこれまでにも何回も襲ってきたんだけどまたしても自分たちのまとまりのなさで自滅しちゃったよ、こいつらこれからも不毛だよ」…といった感じ?
ていうか、枢軸の三人、いまだに遭難してたんだ!?
今回はバズビーズチェアが主役でしたね。アメリカに使われるはずがロシアに使われ、ロシアが座れるから最後に枢軸を威嚇できなくなってしまった、というふうに流れがつながっていて、上手かったな。
最初のアメリカにしかけようとする前にはイギリスがアメリカを酔わせて情報を吐かせようとする → 失敗するどころか死にたいほど醜態晒す → むしろ見られたアメリカを呪ってしまえ → 呪いのばずびーずチェア (以下略)
という具合に、バラバラの話をなんとなく由来アリの流れに持って行ってあったのが印象的で、出だしから最後までずーっと流れつながってたのって、初めてかもしれない…?
椅子のテーピングがどんどん増えるのが笑えました。
あと、家具を補修して大切に使うイギリスの行動が、いかにも英国らしいよ!(笑)
イギリスと言えば前回のちびメリカとのシーンでほんっっっといい笑顔見せてくれたなー。もう一度あんな風に笑わせてあげたいものだねー。
振りかえっての感想を書いてみると、フランスお兄さんが結局あの結婚してくれないかネタ以来活躍せずにラストを迎えてしまった印象が。(実際かなり出てるのに)
そしてロシアちゃんことロっさまの出番も英米に比して薄かったかな。
紅一点の中国さんは前回の中華街でまあなんとか印象づいたけど・・・。
意外にスイスとリヒをみっちりやってくれたのが嬉しかったのと、そこでオーストリアさんが出られたのはホッとした。それ以上にプロイセンが絡んだのが良かったよ!ニヨニヨニヨニ・・・が良かった。
あれ、でも考えてみるとオーストリアさんはちびたりあで結構出てたのか。ハンガリーさんや神聖ローマたちと。
世界が違うと出てない気がしちゃうこの不思議。
ほすたる4以外で他国があんまり出なかったよねー2期以降に期待です。
ソビiesとか北欧にもっともっと出て欲しい、あとギリシャトルコ!もっともっと活躍できるはずだ~!!
湾ちゃんと香くんはキャラ設定にないから無理なのかなー・・・でもタイさんなら可能性アリでは?
うぉー色々楽しみになってきましたよ。
二期からのOPとかEDってどうなるの?私としてはOPの薔薇色は変えてもらって結構だがEDは気に入ってるからあのままでもいいな。
変わったら変わったでもっと良いかもしれないから「変わらないで」とまでは言わないんだけど。でも今のEDすごく好き。曲もアニメも。
5分アニメなのは変わらないのか…ドラえもん的に細く長くやるのも手かもしれないけど、12分くらい枠があってもいいのに!
作る方だってもっと色々実験的なことができるかもしれないと思うんだけどねー。
アメリカの倉庫掃除がノンストップ一本で見られたらいいのに!
ちょっと恐ろしい気がするのは独伊のバレンタインです。でもあそこに出てくるプロイセンの言動が好き過ぎるので観て見たい気もしなくない…
あー、でも、4期か5期くらい行ってヘタリアが完全に市民権得てから(というか、皆がヘタノリに慣れてしまってから)のほうがいいかもね。微BLなラインで何食わぬ顔で突っ走っていってほしいものです。ギリギリのグレーゾーンを。
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2009年06月26日
ヘタリア Axis Powers 23話
くぎみー声しょっぱなからキター! リヒテンシュタインのお嬢様イメージからすると想像してたよりも幼な声だったな。
でも可愛い…!スイス役の朴さんとのコンビだけどハガレンとはイメージ全然違って、スイスはより大人らしく、リヒはより女の子らしくなってました。
今回の主役はリヒテンシュタインという感じで、国のゆかりの紹介なんかも丁寧に描かれていた感じです。
木々とか建物、とっても綺麗な絵です。風にそよぐレースのカーテンも良かったー。
セリフはほとんどないけど・・・口数の多いキャラじゃないので(むしろぶっきらぼう気味に短いセリフで済ませるほう)、これでも十分かもですね。
唯一、「服もお揃いです、密かに縫っていました」がなくなっていたのは非常に残念…!
あれはあのあとのスイスへのお礼の気持ちを「(おそろいの)パジャマです、密かに塗っていました」と対になるセリフだから是非喋ってほしかっな。
とにかくスイスと何かをお揃いにしようとして、密かに何かしていたことを無表情にカミングアウトするリヒテンシュタインが彼女のキャラだと思ってるので(個人的に)。
弟と間違われて胸がないせいだと思い当たってしまうリヒは可愛いんですが、リボンをつけたら女の子に見えるって思いつくスイスもリヒにも増して可愛いくないか?と思う次第です。
そしてリボンコーナーのリボンが艶々して綺麗だった―。私も欲しくなった。あんな売場が近くにあればいいのに。玄関から3歩くらいで。
コンビニでオーストリアさんと鉢合わせするところで「つづく」。
あれって漫画だとどこか街角(屋外)かと思っていたけど、出入り口の「ピンポーン」の音がリアルに日本のコンビニに入った瞬間が思い浮かんできて、「音の条件反射ってすごいもんだなー」などとアニメではなく自分の反応の方に感動してしまいました。
後半はドイツとイタリアのからみネタ2つ。
1つ目は、「こいつ、ローマ帝国の孫なんだから「元」はいいはずなのに・・・と思うドイツに与えられるひとつの解。
イタリアがいつも食べているパスタやピザに使われるトマトの成分がヘタレにしてるってネタです。
これ、本来は「継続的に"摂取し続けると"ヘタレになる」んじゃなかったっけ? 継続的にヘタレになっちゃうんだ? イタリア、たしかにいつもヘタレじゃない瞬間がないくらい常時ヘタレだけどさ(笑)
そして生真面目にメモをとるドイツ・・・!その性格はヴルストに含まれる成分の影響で継続的にマジメになってるの?
2つ目はロマーノ兄ちゃんと久しぶりに一緒に寝ようとして
確かに状況説明と言うのは言葉だけですべてを言い表さなくてはならないわけだから難しいですよね。
弟ヴェネチアーノの「今ベッドで」「兄ちゃんのが外れなく・・」「痛い!痛いよー」
と聞こえたところで、ロマーノ兄の「(電話)切れ!」の声・・・
短い電話で聞き取ることのできた数個の単語からドイツの脳内に再構築された大変な世界が見てみたい!
ドイツさん思わず駆けつけてしまいましたね。駆けつけてあげるだけ優しいと思いますが、それよりも第一声の「大丈夫か!?」の顔、無意識に必死な形相だった気がします。
独 「Δ屋、おぬしも腐れよのぅ。」
私 「いえいえ、おドイツ様ほどでは…」
・・・終わります。
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でも可愛い…!スイス役の朴さんとのコンビだけどハガレンとはイメージ全然違って、スイスはより大人らしく、リヒはより女の子らしくなってました。
今回の主役はリヒテンシュタインという感じで、国のゆかりの紹介なんかも丁寧に描かれていた感じです。
木々とか建物、とっても綺麗な絵です。風にそよぐレースのカーテンも良かったー。
セリフはほとんどないけど・・・口数の多いキャラじゃないので(むしろぶっきらぼう気味に短いセリフで済ませるほう)、これでも十分かもですね。
唯一、「服もお揃いです、密かに縫っていました」がなくなっていたのは非常に残念…!
あれはあのあとのスイスへのお礼の気持ちを「(おそろいの)パジャマです、密かに塗っていました」と対になるセリフだから是非喋ってほしかっな。
とにかくスイスと何かをお揃いにしようとして、密かに何かしていたことを無表情にカミングアウトするリヒテンシュタインが彼女のキャラだと思ってるので(個人的に)。
弟と間違われて胸がないせいだと思い当たってしまうリヒは可愛いんですが、リボンをつけたら女の子に見えるって思いつくスイスもリヒにも増して可愛いくないか?と思う次第です。
そしてリボンコーナーのリボンが艶々して綺麗だった―。私も欲しくなった。あんな売場が近くにあればいいのに。玄関から3歩くらいで。
コンビニでオーストリアさんと鉢合わせするところで「つづく」。
あれって漫画だとどこか街角(屋外)かと思っていたけど、出入り口の「ピンポーン」の音がリアルに日本のコンビニに入った瞬間が思い浮かんできて、「音の条件反射ってすごいもんだなー」などとアニメではなく自分の反応の方に感動してしまいました。
後半はドイツとイタリアのからみネタ2つ。
1つ目は、「こいつ、ローマ帝国の孫なんだから「元」はいいはずなのに・・・と思うドイツに与えられるひとつの解。
イタリアがいつも食べているパスタやピザに使われるトマトの成分がヘタレにしてるってネタです。
これ、本来は「継続的に"摂取し続けると"ヘタレになる」んじゃなかったっけ? 継続的にヘタレになっちゃうんだ? イタリア、たしかにいつもヘタレじゃない瞬間がないくらい常時ヘタレだけどさ(笑)
そして生真面目にメモをとるドイツ・・・!その性格はヴルストに含まれる成分の影響で継続的にマジメになってるの?
2つ目はロマーノ兄ちゃんと久しぶりに一緒に寝ようとして
確かに状況説明と言うのは言葉だけですべてを言い表さなくてはならないわけだから難しいですよね。
弟ヴェネチアーノの「今ベッドで」「兄ちゃんのが外れなく・・」「痛い!痛いよー」
と聞こえたところで、ロマーノ兄の「(電話)切れ!」の声・・・
短い電話で聞き取ることのできた数個の単語からドイツの脳内に再構築された大変な世界が見てみたい!
ドイツさん思わず駆けつけてしまいましたね。駆けつけてあげるだけ優しいと思いますが、それよりも第一声の「大丈夫か!?」の顔、無意識に必死な形相だった気がします。
独 「Δ屋、おぬしも腐れよのぅ。」
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2009年06月19日
ヘタリアaxis Powers 第22話
今回は最初から最後まで、通しで「ちびたりあ」。
神聖ローマとイタちゃんの本当のお別れのシーンです。
ヘタリアってギャグがベースだからね、見てる方もどうしても初見のときは笑う準備してるせいか、シリアスはじまりの回は最初しばらくは「ちょ、なにシリアスぶってんの(笑」って噴き出しそうになってるのですが、脳が慣れてくると徐々に感動モードに入り込めるようになります。
で。
前のほうの回で、神聖ローマが「一緒にローマ帝国になろう」ってイタちゃんを連れに来て、「ローマ帝国になっちゃだめだよ!」って一緒に行くのを拒んで、神聖ローマはイタリアへの想いをふっきって去ろうとする……というところまでやっていたので、
今回はぱんつあげる回かな?
と想っていたのですが、パンツではなくって、毎日握りしめてお掃除に励んでいた、デッキブラシをあげたのでした!
私はこの「イタリアがいっぱい詰まってる」気がするものが贈られたことに、さらにうるうる来ました。素晴らしい・・・。
逆順になりますが、神聖ローマが、「お前は!俺が追いかけると逃げるくせに、俺が逃げると追っかけて」的なことを言うあたりとか、彼の苦しさがね、すごくこもってて、たぶんこれは声優さんグッジョブなんです! ホント胸つまる…(涙
とくに、去って行こうとする神聖ローマと仲間が、ストップモーション的なアニメーションをするのが最高で、見てる方の「ああっ行っちゃうよ、イタリア、引きとめなきゃ行っちゃうよー?!」的な心の悲鳴が、どんどん階段状にUPするのですよ!
あれは本当にアニメならではだって思ったシーンです。
ありがとうアニメスタッフ!涙目で握手しに行きたい!!
マンガを読んでる時には感じなかったこととして、イタリアが、まさに神聖ローマが今永遠に去ってしまうかもっていうギリギリのギリになって、「ホントに行っちゃうの?嫌だよ!」って気付いたんだーっていうのが、すごく明確に打ち出された感じがあります。
ああそうなんか、ここでイタちゃんは神聖ローマを好きって初めて感じたんだね、って、確認させられたというか。
一緒にいる時には、それがただの好感なのかどうなのかって曖昧なんだけど、二人の関係にクロージングがかかった時に初めて判る自分の気持ちっていうのもありますよね。
イタちゃんの場合、「自覚した」とも言えるし、「決めた」とも言えるのかもなーと思います。
今回は、「あしたのジョーか、リンかけか」とつっこみたくなるような激しい演出もなかったので(ああいうの、ごく控えめならば良いのかもしれないけど派手過ぎると話の筋よりも演出ばかり悪目立ちする気が・・・)、ストーリーの流れに思い入れた気持ちが中断されてしまうこともなく、素直に演出のねらいどおりにまなこを海にしましたさ!
「ねらってんだろーなー」って部分は、もちろん透けて見えてきて気にはなるんだけど、でもなんかわざと見せつけてる気もするし、どうしていいのか戸惑っているうちに 「くやしい!でも感動しちゃう!」みたいなフランス兄さん状態(笑)でEDを迎えました。
「絶対また会おうね!」っていう約束は、果たされているのかな?
それはどんな形だったんだろうな?
すごく二人の未来が気になるよー神聖ローマちびのくせにカッコ良過ぎだろう!
いっぱいお菓子作って待ってるってセリフもせつないよ・・・イタちゃん、今もずぅっと待ってるのかなぁ?
それとも、形を変えて、思いは叶ってるのかな?
これは、原作のほうの結末がすんごく気になりますね。
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・・・最後、ひとりになってからの神聖の「なんかシアワセ♥」なデレっぷりにもニヤけました。
ひとりでやってろよ!!!(笑)
神聖ローマとイタちゃんの本当のお別れのシーンです。
ヘタリアってギャグがベースだからね、見てる方もどうしても初見のときは笑う準備してるせいか、シリアスはじまりの回は最初しばらくは「ちょ、なにシリアスぶってんの(笑」って噴き出しそうになってるのですが、脳が慣れてくると徐々に感動モードに入り込めるようになります。
で。
前のほうの回で、神聖ローマが「一緒にローマ帝国になろう」ってイタちゃんを連れに来て、「ローマ帝国になっちゃだめだよ!」って一緒に行くのを拒んで、神聖ローマはイタリアへの想いをふっきって去ろうとする……というところまでやっていたので、
今回はぱんつあげる回かな?
と想っていたのですが、パンツではなくって、毎日握りしめてお掃除に励んでいた、デッキブラシをあげたのでした!
私はこの「イタリアがいっぱい詰まってる」気がするものが贈られたことに、さらにうるうる来ました。素晴らしい・・・。
逆順になりますが、神聖ローマが、「お前は!俺が追いかけると逃げるくせに、俺が逃げると追っかけて」的なことを言うあたりとか、彼の苦しさがね、すごくこもってて、たぶんこれは声優さんグッジョブなんです! ホント胸つまる…(涙
とくに、去って行こうとする神聖ローマと仲間が、ストップモーション的なアニメーションをするのが最高で、見てる方の「ああっ行っちゃうよ、イタリア、引きとめなきゃ行っちゃうよー?!」的な心の悲鳴が、どんどん階段状にUPするのですよ!
あれは本当にアニメならではだって思ったシーンです。
ありがとうアニメスタッフ!涙目で握手しに行きたい!!
マンガを読んでる時には感じなかったこととして、イタリアが、まさに神聖ローマが今永遠に去ってしまうかもっていうギリギリのギリになって、「ホントに行っちゃうの?嫌だよ!」って気付いたんだーっていうのが、すごく明確に打ち出された感じがあります。
ああそうなんか、ここでイタちゃんは神聖ローマを好きって初めて感じたんだね、って、確認させられたというか。
一緒にいる時には、それがただの好感なのかどうなのかって曖昧なんだけど、二人の関係にクロージングがかかった時に初めて判る自分の気持ちっていうのもありますよね。
イタちゃんの場合、「自覚した」とも言えるし、「決めた」とも言えるのかもなーと思います。
今回は、「あしたのジョーか、リンかけか」とつっこみたくなるような激しい演出もなかったので(ああいうの、ごく控えめならば良いのかもしれないけど派手過ぎると話の筋よりも演出ばかり悪目立ちする気が・・・)、ストーリーの流れに思い入れた気持ちが中断されてしまうこともなく、素直に演出のねらいどおりにまなこを海にしましたさ!
「ねらってんだろーなー」って部分は、もちろん透けて見えてきて気にはなるんだけど、でもなんかわざと見せつけてる気もするし、どうしていいのか戸惑っているうちに 「くやしい!でも感動しちゃう!」みたいなフランス兄さん状態(笑)でEDを迎えました。
「絶対また会おうね!」っていう約束は、果たされているのかな?
それはどんな形だったんだろうな?
すごく二人の未来が気になるよー神聖ローマちびのくせにカッコ良過ぎだろう!
いっぱいお菓子作って待ってるってセリフもせつないよ・・・イタちゃん、今もずぅっと待ってるのかなぁ?
それとも、形を変えて、思いは叶ってるのかな?
これは、原作のほうの結末がすんごく気になりますね。
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ひとりでやってろよ!!!(笑)
2009年04月12日
鋼の錬金術師 第一話
返ってきたハガレン!見ましたよ~
愛するアルの声が再び聞けて幸せです。
なんか声優さんたちもちょっとずつ声の雰囲気が変わったのかな?と思ったりもしたのですが、月日が経ちましたもんね。
全然違ったパラレル世界のお話だからか、まったく先が読めない気分です。とにかく見続けます。
ここ数年でアマチュアのアニメなども増えてきてそれらを見ていたせいか、TVの商業アニメだというのに、なんだかFLASHアニメでも見ているような気分でした…ファンの作るPVぽい雰囲気を感じました。
でも、それはつまりファン動画のクオリティが高まっているせいなんだろうな。
今回戦った氷の錬金術師さんを見ていて、なんだか四大元素っぽく分業になっちゃうの?プリキュアとかセーラームーンみたいね!
とか不謹慎なイメージを持ってしまった・・・ハハハ。
ロイ・マスタングのファンである私としては彼の炎が見られて嬉しくもあり、でもちょっと顔とか雰囲気変わった・・・かな?
いや、うん、でも、エドが一番だよ!朴さんてちょっと声太くなりました?
これ全然レビューになってませんね。どんまい私!!
(日付けあとで見た日に変えますー。)
愛するアルの声が再び聞けて幸せです。
なんか声優さんたちもちょっとずつ声の雰囲気が変わったのかな?と思ったりもしたのですが、月日が経ちましたもんね。
全然違ったパラレル世界のお話だからか、まったく先が読めない気分です。とにかく見続けます。
ここ数年でアマチュアのアニメなども増えてきてそれらを見ていたせいか、TVの商業アニメだというのに、なんだかFLASHアニメでも見ているような気分でした…ファンの作るPVぽい雰囲気を感じました。
でも、それはつまりファン動画のクオリティが高まっているせいなんだろうな。
今回戦った氷の錬金術師さんを見ていて、なんだか四大元素っぽく分業になっちゃうの?プリキュアとかセーラームーンみたいね!
とか不謹慎なイメージを持ってしまった・・・ハハハ。
ロイ・マスタングのファンである私としては彼の炎が見られて嬉しくもあり、でもちょっと顔とか雰囲気変わった・・・かな?
いや、うん、でも、エドが一番だよ!朴さんてちょっと声太くなりました?
これ全然レビューになってませんね。どんまい私!!
(日付けあとで見た日に変えますー。)
2009年04月01日
ヘタリアAxisPowers 第10話
寒い中20分歩き通して久しぶりにアニメイトの大画面で見てきましたよー
(そして「まるかいて地球」のCDも買ってきましたよっ。)
以下ネタばれですので知りたくない方は飛ばして下さい。
今回はもうひたすらフランスお兄さんのターン!っていう印象の回でした。
聖女さんと皇帝さんが出てくるあたりを回想したあと、漁夫の利を得た戦いなんかを回想して「やっぱ俺は最強だな!」とか言ってる間に背後からドイツに入り込まれてしまう話です。
あとちびたりあの方は神聖ローマが良すぎ!可愛過ぎ!!
日本は「善処します」でオチを飾ったまま、あれきりしばらく出ていないのでちょっと淋しい~。
ズレたボケをかましてくれる原作漫画のキャラ設定が大好きなんですけどね!もったいない!!
不思議ちゃんと不気味ちゃんを合わせたような、つかみどころのなさ、得体の知れなさが萌えツボだと思えるようになったら
立派な日本人ってことなんですかねー。
彼はイメージとアニメのイメージが乖離しっぱなしです!(笑
※記事はここで終わりです。次ページは日本爺の素人絵が出るので注意。
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(そして「まるかいて地球」のCDも買ってきましたよっ。)
以下ネタばれですので知りたくない方は飛ばして下さい。
今回はもうひたすらフランスお兄さんのターン!っていう印象の回でした。
聖女さんと皇帝さんが出てくるあたりを回想したあと、漁夫の利を得た戦いなんかを回想して「やっぱ俺は最強だな!」とか言ってる間に背後からドイツに入り込まれてしまう話です。
あとちびたりあの方は神聖ローマが良すぎ!可愛過ぎ!!
日本は「善処します」でオチを飾ったまま、あれきりしばらく出ていないのでちょっと淋しい~。
ズレたボケをかましてくれる原作漫画のキャラ設定が大好きなんですけどね!もったいない!!
不思議ちゃんと不気味ちゃんを合わせたような、つかみどころのなさ、得体の知れなさが萌えツボだと思えるようになったら
立派な日本人ってことなんですかねー。
彼はイメージとアニメのイメージが乖離しっぱなしです!(笑
※記事はここで終わりです。次ページは日本爺の素人絵が出るので注意。
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2009年02月23日
宇宙をかける少女&まりあほりっく、第一話。
かんなぎの放映が終わってしまってからというもの、とくにお目当ての番組もない感じでちょっと淋しいTVライフを送っていたのですが、久しぶりに宇宙をかける少女の第一話が展開楽しみな謎もりだくさんで、しばらくフォローしてみることにしました。
私は3D酔いが激しいのであまりにもCGな感じが浮いてるタイプのゲームやアニメは苦手なんですが、この作品は比較的従来のアニメ風にうまく馴染ませてる方かも。
もひとつ、まりあほりっくも見てみましたが、背景だとか敢えてのデフォルメがとっても個性的で新鮮でした。
監督が絶望先生と同じで、エンディングの後に色んな方の描くイラストが見られるみたい。
これら+ネット配信のヘタリア、の3作品がこの春の我が家のメインアニメになりそうです。
私は3D酔いが激しいのであまりにもCGな感じが浮いてるタイプのゲームやアニメは苦手なんですが、この作品は比較的従来のアニメ風にうまく馴染ませてる方かも。
もひとつ、まりあほりっくも見てみましたが、背景だとか敢えてのデフォルメがとっても個性的で新鮮でした。
監督が絶望先生と同じで、エンディングの後に色んな方の描くイラストが見られるみたい。
これら+ネット配信のヘタリア、の3作品がこの春の我が家のメインアニメになりそうです。
2008年11月29日
コミックバーズが(汗
11/29発売だからーと思って、買いに行ったのですよ。文教堂。
そしたら、本がなくて。しかも先月のがまだあって。
店員さんに、今月のありませんかって聞きに行ったところ・・・
「北海道は2,3日遅れるんですよねー。今日は土曜で、日曜は動いてないので、少なくともその後になりますね」とのこと。
「じゃ、月曜日ですかネ」と言うと入荷予定日を台帳で調べてくれて、「火曜ですねー」。
遅っ・・・。
さらにPCで入荷数を調べる店員さん。
「あれっ・・・。」
何か様子変。すると
「すみません、発注してないみたいで」
でぇぇぇーーーっ!!!?
なんとバーズの1月号はその店には入らないらしい。ピンチ!!
ま、駅の方とかで買ってもいいからいいんだけど、これがもっと田舎のほうだったら、本屋に注文しとかないとダメな勢いです。
幻冬舎~がんばってくれェ・・・!
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そしたら、本がなくて。しかも先月のがまだあって。
店員さんに、今月のありませんかって聞きに行ったところ・・・
「北海道は2,3日遅れるんですよねー。今日は土曜で、日曜は動いてないので、少なくともその後になりますね」とのこと。
「じゃ、月曜日ですかネ」と言うと入荷予定日を台帳で調べてくれて、「火曜ですねー」。
遅っ・・・。
さらにPCで入荷数を調べる店員さん。
「あれっ・・・。」
何か様子変。すると
「すみません、発注してないみたいで」
でぇぇぇーーーっ!!!?
なんとバーズの1月号はその店には入らないらしい。ピンチ!!
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2008年11月24日
リヒたん・・・釘宮さんなんだ!?
ヘタリアの女性陣キャストが豪華すぎて今更ビックリしております。
自分的に大好きな声優さんトップ3がまんま入ったような・・・!
リヒテンシュタインが釘宮理恵さんだというのはもちろん、
スイスが朴露美さんでハンガリーが根谷美智子さん・・・
スイスは性悪な感じだからなー。納得ですけど、
オーストリアさんを支援に来ちゃうハンガリーさんがホークアイ中尉っていうのも・・・大好きだー
っていうか、このお三方、まんま鋼の錬金術師の主要キャラじゃないですか!?
アルとエドとホークアイなのか・・・ウィンリーは出ないのかなー
あと何気に中国が甲斐田ゆきさんとのことなので、今までそんなに意識してなかった中日の関係が妙に近しく感じるようになりました。
中の人、大事!
アニメ化版の放映は2009年1月24日(土)25:52~26:00からとのこと。
キッズステーション!見るよ録るよ~vv
うはっ、気持ちが冬コミ通り越して来年に飛んだ!やばい;
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自分的に大好きな声優さんトップ3がまんま入ったような・・・!
リヒテンシュタインが釘宮理恵さんだというのはもちろん、
スイスが朴露美さんでハンガリーが根谷美智子さん・・・
スイスは性悪な感じだからなー。納得ですけど、
オーストリアさんを支援に来ちゃうハンガリーさんがホークアイ中尉っていうのも・・・大好きだー
っていうか、このお三方、まんま鋼の錬金術師の主要キャラじゃないですか!?
アルとエドとホークアイなのか・・・ウィンリーは出ないのかなー
あと何気に中国が甲斐田ゆきさんとのことなので、今までそんなに意識してなかった中日の関係が妙に近しく感じるようになりました。
中の人、大事!
アニメ化版の放映は2009年1月24日(土)25:52~26:00からとのこと。
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2008年11月11日
ブログお引っ越ししようとおもいます。
どもども、あまりに久しぶりでスミマセン!ふみのすけこと、くらたもえみでございます。
最近ほとんどCSっ子で(子じゃないだろう)、「かんなぎ」とか「あかね色に染まる坂」とか「黒執事」とか「黒蜜」とか「まかでみわっしょい」とか、「らきすた」の再放送とか、を見てたりします。
そして「ヘタリア」の放映開始を今か今かと楽しみにしています。待つ身は長い……!
ギアスが終わったら00を見るに違いないと思ったんですが、最初の数話はついていったものの、このところフォローしきれず…
もともと初代やZなどもついていけてなくて、何回も何回も再放送されたり、弟や友達から話を聞いたりしてちょっとずつ世界観が埋まるとやっとキャラの名前とか立場を理解して・・・って感じだったので、壮大な話を一発目からわかろうなんて私には無理なのかもです。
そういう意味でギアスはじーつーにー判り易かった…エンタメに徹した作品だったんだろうな。
00は「お前らがついてこい」的な感じなのかも?いやよくわからんですが。
ところで今記事の本題。
らき☆すたのテンプレートがどぉーしても使いたくて、ココログほかに持ってるくせにこっちも借りちゃったのですが、なかなか有効利用できていなかったこと、また、「同じブラウザで複数のココログを編集しようとすると いちいちログアウト&ログインし直すさなきゃならないからメンドーだよね」とか、「やっぱり他のブログも研究してみたいしね」とか、そんな理由で、記事をほかのサービス様に移動させたいと思います。
そっちもずいぶん前からアカウントだけあって有効活用できていなかったので・・・。
ここはフリーですし、こなたやかがみんも可愛いのですぐには消しませんが、いずれ更新は新しいほうが整ったらそっちだけになってしまうと思うので、もしブクマなどされてる方がありましたら、お早めに変更していただけると嬉しく思います。
とは言え、アニマライト様やその他のトラバこみゅ様への登録が変更できるまでは、すんごいレビュー書きたい番組を見てしまったらこっちも動くと思いますんで…
本家いちごCLUBのHPからのアニメレビューのリンクは、しばらくこっちにしておきますね。
新しい方については、またご連絡します。
最近ほとんどCSっ子で(子じゃないだろう)、「かんなぎ」とか「あかね色に染まる坂」とか「黒執事」とか「黒蜜」とか「まかでみわっしょい」とか、「らきすた」の再放送とか、を見てたりします。
そして「ヘタリア」の放映開始を今か今かと楽しみにしています。待つ身は長い……!
ギアスが終わったら00を見るに違いないと思ったんですが、最初の数話はついていったものの、このところフォローしきれず…
もともと初代やZなどもついていけてなくて、何回も何回も再放送されたり、弟や友達から話を聞いたりしてちょっとずつ世界観が埋まるとやっとキャラの名前とか立場を理解して・・・って感じだったので、壮大な話を一発目からわかろうなんて私には無理なのかもです。
そういう意味でギアスはじーつーにー判り易かった…エンタメに徹した作品だったんだろうな。
00は「お前らがついてこい」的な感じなのかも?いやよくわからんですが。
ところで今記事の本題。
らき☆すたのテンプレートがどぉーしても使いたくて、ココログほかに持ってるくせにこっちも借りちゃったのですが、なかなか有効利用できていなかったこと、また、「同じブラウザで複数のココログを編集しようとすると いちいちログアウト&ログインし直すさなきゃならないからメンドーだよね」とか、「やっぱり他のブログも研究してみたいしね」とか、そんな理由で、記事をほかのサービス様に移動させたいと思います。
そっちもずいぶん前からアカウントだけあって有効活用できていなかったので・・・。
ここはフリーですし、こなたやかがみんも可愛いのですぐには消しませんが、いずれ更新は新しいほうが整ったらそっちだけになってしまうと思うので、もしブクマなどされてる方がありましたら、お早めに変更していただけると嬉しく思います。
とは言え、アニマライト様やその他のトラバこみゅ様への登録が変更できるまでは、すんごいレビュー書きたい番組を見てしまったらこっちも動くと思いますんで…
本家いちごCLUBのHPからのアニメレビューのリンクは、しばらくこっちにしておきますね。
新しい方については、またご連絡します。
2008年10月07日
黒塚 第一話 「安達原」
ANIMAX十周年記念作品とのことで、とりあえず最初の一話だけでもと見てみました、黒塚。
主人公の源義経にDEATH NOTEの夜神月だった宮野真守さん、黒蜜姫に鋼の錬金術師でエドワード役だった朴露美さんがキャスティングされているという豪華さで。
二人とも声が色っぽいんで、じつに大人のアニメという雰囲気です。
OP曲もデスノート2部と同じマキシマム・ザ・ホルモン。OPアニメの雰囲気も、キャラクターの顔も、デスノートにそっくりです。
同じ監督・同じスタッフさんというところでしょうか。
女性の歌うED曲がすごく好きです。
黒塚そのものは古典がベースということで、ちょっと変わった趣向だなと思います。
今回はまだ過去編ということで、時間を超えて未来編などもあるそうなので、今後の展開に期待ということで。
できれば二話も見てみたいと思います。
BLACK ANIMAXと銘打たれたこの秋冬のラインナップには地獄少女やDEATH NOTE,黒執事、ペルソナ等が挙げられていて、とっても楽しみであり、恐ろしくもあり…。
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主人公の源義経にDEATH NOTEの夜神月だった宮野真守さん、黒蜜姫に鋼の錬金術師でエドワード役だった朴露美さんがキャスティングされているという豪華さで。
二人とも声が色っぽいんで、じつに大人のアニメという雰囲気です。
OP曲もデスノート2部と同じマキシマム・ザ・ホルモン。OPアニメの雰囲気も、キャラクターの顔も、デスノートにそっくりです。
同じ監督・同じスタッフさんというところでしょうか。
女性の歌うED曲がすごく好きです。
黒塚そのものは古典がベースということで、ちょっと変わった趣向だなと思います。
今回はまだ過去編ということで、時間を超えて未来編などもあるそうなので、今後の展開に期待ということで。
できれば二話も見てみたいと思います。
BLACK ANIMAXと銘打たれたこの秋冬のラインナップには地獄少女やDEATH NOTE,黒執事、ペルソナ等が挙げられていて、とっても楽しみであり、恐ろしくもあり…。
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2008年10月04日
コードギアス反逆のルルーシュR2 最終話
ネタばれしますので読む方はお覚悟を。
良かったです。うまくまとめて、オチもついて、拍手です。
評論家じゃないので良いとか悪いとかの評価ではなく、好き嫌いのレベルの話として、第一部からR2まで通して見たコードギアスという作品、すごく面白かったし、すごくドキドキワクワクしたし、とっても良かった!!
最終話では泣きました。
ナナリーがルルーシュの手を取った瞬間にルルーシュ視点の真実が兄からなだれ込んできて、自分の知らなかった兄の想いや理想を全て知って「私はお兄様だけでよかったのに」と号泣するところで一緒になってボロボロ涙が出てしまったです・・・
ひとり残されてこれから生きていかねばならないこと、自分のためにと思って動いてくれていた兄の真の目的を聞かせてもらえていなかったという事実、自分が誤解したままに兄にかけた言葉などを考えると、ナナリーが可哀想過ぎて、うわぁぁぁん(;_;
その前の、スザクとルルーシュの最後のやりとりもクールでした。
以下、ルルーシュの最期の言葉。
「 これはお前にとっての罰だ
お前は正義の味方として仮面をかぶり続ける。
クルルギスザクとして生きることはもうない…
人並みの幸せを全て世界に捧げてもらう
永遠に 」
このセリフは、自分に罰を与えたがり死にたがっていたスザクを生き続けさせていく上での救いの言葉にもなったと思う…
「生きろ」というギアスをかけられたことへの恨みを、スザクは”自分の生き方やほこりをねじまげられた、あそこで死よりも自分の命を優先するような自分はもう自分ではない”というように言っていたので、生きることが罰となるような命令をすることは、スザクの生きる理由となり、大義名分も立つからです。
またそれに対し、一度ギアスにかかっているスザクはそれ以上ギアスにかかったり従ったりすることはないのにも関わらず、「そのギアス、しかと受け取った」と返事します。
ユーフェミアの敵で、その他もろもろの憎しみの対象でもあるルルーシュに対して、願いをきいてやる必要などない・・・
けれどそれをギアスになぞらえてギアスにかかった=絶対に順守するという意志を伝えたスザクは本当に知性のある表現をする男だと思います・・・。
スザクがこの言葉を選んだベースとして、Cの世界で「願いとはギアスに似ていると思わないか」と言ったルルーシュの言葉があるんですが、くるるぎ神社での一件(人に下手に出たり頭を下げて願いや頼みごとをすることのできないルルーシュのたった一度の願いを受けた時、スザクの方はルルーシュが言い訳をせずに色々な事情や罪を一人で背負おうとしているのだということに気付いたのに、組織に後をつけられていたために、ルルーシュは逆にスザクに裏切られたと思い込んでしまった)で、もう「頼み」は二度としないわけですけれども、ギアスの力も効かないくせにただの命令という形で結局はスザクに後の世界をよろしく頼む、とお願いして去っていったわけで、「その願いをぜったいに聞き届けるよ」という友達のようなセリフを言うことはできない複雑な想いと立場を持ったスザクが「確かにギアスを受け取った」と表現するところは粋ではあるけれどもなんとも切ないセリフでもあります…
しかし大きな視野から見ればこの作品は大円団を迎えた結末、ということができるのだと思います。
扇は結婚し、総理大臣としてナナリーと握手するシーンがあることから、日本は独立国として認められた様子ですし、奥さんはおめでただし。
オレンジ卿は、記憶し続けることができない病の娘を引きとってオレンジ農家をやっているようだし。そもそも二人は同じくルルーシュ達の母・マリアンヌに仕える者同士なわけですしね。
彼が罪人として裁かれなかった理由はやはり、独裁から救ったヒーローである二代目ゼロ(スザク)とブリタニア総督(ナナリー)のおかげなのでしょう。スザクとナナリーはゼロ・レクイエムがキリスト的な演技であったこと・オレンジ卿はそれに協力したのだということを知っていますので…
シュナイゼルも、彼の賢さを二代目スザクゼロのもとで平和のために活用することができる支配者側の立場に位置しつづけていく。
ルルーシュがシュナイゼルの能力を逆利用できるように、ルルーシュ本人ではなくゼロに従うようにギアスかけておいた…これはすごい先読み合戦に、ついにルルーシュが勝ったのだということを一層際立たせる結末だったと思います。
最後にゼロがルルーシュに向かって切りかかっていく時に、シュナイゼルの目は彼のギアスがきっちりゼロの姿のスザクに反応していることを示していました。
かつてチェスの大戦でシュナイゼルは盤上の戦局だけではなく、その駒を動かしているルルーシュ本人の性格を読み切ることで、最後に駒を進めれば勝てる状況を自発的に作ってやれば、ルルーシュの気位の高さがその「勝たせてもらった勝ちなど取らない」という選択をすると見切り、結局ルルーシュを引かせてしまう一件がありました。
ルルーシュは自分に刃を向け、正々堂々と勝ちを取り合おうとして戦う相手はつぶせても、勝ちを譲ってあげるよと言われたらその誇りのために勝つことができなくなる・・・
個人的な欲もなく、常に一段上の高みからしか人間を見ることしかできなくなっていたシュナイゼルは、まさに同じ土俵に立つことのないルルーシュの天敵。
戦いを挑んでも戦いにならない、一度も勝ったことのない相手を、自分に取り込む形で勝つというのはルルーシュらしい発想の転換で、まさにそれしかない作戦だったと思います。
なにしろアニメ第一部の最終回がアレだったので、今回こそどうやってまとめてくれるんだろうなとずっと期待していたのですが、まぁまぁ納得いく「オチ」は付いたかなと。
もちろんそこに至るまでの経緯で、シャーリーやロロなど、ストーリーをまとめる上で邪魔or不要とみなされるキャラクターが次々に消されていったやり口等はどうよと思いますけどもね…。
しかし今期アニメで私にとって最も面白い作品がこれで終わってしまったわけで、感慨深いものがあります…
00やマクロスも見ますけども、とりあえず次に期待してるのは鋼の錬金術師とおおきく振りかぶっての二期です。
コードギアスよ、ありがとう!
アニメって本当に素晴らしいですね。それでは、さよなら、さよなら、、、さよなら。
良かったです。うまくまとめて、オチもついて、拍手です。
評論家じゃないので良いとか悪いとかの評価ではなく、好き嫌いのレベルの話として、第一部からR2まで通して見たコードギアスという作品、すごく面白かったし、すごくドキドキワクワクしたし、とっても良かった!!
最終話では泣きました。
ナナリーがルルーシュの手を取った瞬間にルルーシュ視点の真実が兄からなだれ込んできて、自分の知らなかった兄の想いや理想を全て知って「私はお兄様だけでよかったのに」と号泣するところで一緒になってボロボロ涙が出てしまったです・・・
ひとり残されてこれから生きていかねばならないこと、自分のためにと思って動いてくれていた兄の真の目的を聞かせてもらえていなかったという事実、自分が誤解したままに兄にかけた言葉などを考えると、ナナリーが可哀想過ぎて、うわぁぁぁん(;_;
その前の、スザクとルルーシュの最後のやりとりもクールでした。
以下、ルルーシュの最期の言葉。
「 これはお前にとっての罰だ
お前は正義の味方として仮面をかぶり続ける。
クルルギスザクとして生きることはもうない…
人並みの幸せを全て世界に捧げてもらう
永遠に 」
このセリフは、自分に罰を与えたがり死にたがっていたスザクを生き続けさせていく上での救いの言葉にもなったと思う…
「生きろ」というギアスをかけられたことへの恨みを、スザクは”自分の生き方やほこりをねじまげられた、あそこで死よりも自分の命を優先するような自分はもう自分ではない”というように言っていたので、生きることが罰となるような命令をすることは、スザクの生きる理由となり、大義名分も立つからです。
またそれに対し、一度ギアスにかかっているスザクはそれ以上ギアスにかかったり従ったりすることはないのにも関わらず、「そのギアス、しかと受け取った」と返事します。
ユーフェミアの敵で、その他もろもろの憎しみの対象でもあるルルーシュに対して、願いをきいてやる必要などない・・・
けれどそれをギアスになぞらえてギアスにかかった=絶対に順守するという意志を伝えたスザクは本当に知性のある表現をする男だと思います・・・。
スザクがこの言葉を選んだベースとして、Cの世界で「願いとはギアスに似ていると思わないか」と言ったルルーシュの言葉があるんですが、くるるぎ神社での一件(人に下手に出たり頭を下げて願いや頼みごとをすることのできないルルーシュのたった一度の願いを受けた時、スザクの方はルルーシュが言い訳をせずに色々な事情や罪を一人で背負おうとしているのだということに気付いたのに、組織に後をつけられていたために、ルルーシュは逆にスザクに裏切られたと思い込んでしまった)で、もう「頼み」は二度としないわけですけれども、ギアスの力も効かないくせにただの命令という形で結局はスザクに後の世界をよろしく頼む、とお願いして去っていったわけで、「その願いをぜったいに聞き届けるよ」という友達のようなセリフを言うことはできない複雑な想いと立場を持ったスザクが「確かにギアスを受け取った」と表現するところは粋ではあるけれどもなんとも切ないセリフでもあります…しかし大きな視野から見ればこの作品は大円団を迎えた結末、ということができるのだと思います。
扇は結婚し、総理大臣としてナナリーと握手するシーンがあることから、日本は独立国として認められた様子ですし、奥さんはおめでただし。
オレンジ卿は、記憶し続けることができない病の娘を引きとってオレンジ農家をやっているようだし。そもそも二人は同じくルルーシュ達の母・マリアンヌに仕える者同士なわけですしね。
彼が罪人として裁かれなかった理由はやはり、独裁から救ったヒーローである二代目ゼロ(スザク)とブリタニア総督(ナナリー)のおかげなのでしょう。スザクとナナリーはゼロ・レクイエムがキリスト的な演技であったこと・オレンジ卿はそれに協力したのだということを知っていますので…
シュナイゼルも、彼の賢さを二代目スザクゼロのもとで平和のために活用することができる支配者側の立場に位置しつづけていく。
ルルーシュがシュナイゼルの能力を逆利用できるように、ルルーシュ本人ではなくゼロに従うようにギアスかけておいた…これはすごい先読み合戦に、ついにルルーシュが勝ったのだということを一層際立たせる結末だったと思います。
最後にゼロがルルーシュに向かって切りかかっていく時に、シュナイゼルの目は彼のギアスがきっちりゼロの姿のスザクに反応していることを示していました。
かつてチェスの大戦でシュナイゼルは盤上の戦局だけではなく、その駒を動かしているルルーシュ本人の性格を読み切ることで、最後に駒を進めれば勝てる状況を自発的に作ってやれば、ルルーシュの気位の高さがその「勝たせてもらった勝ちなど取らない」という選択をすると見切り、結局ルルーシュを引かせてしまう一件がありました。
ルルーシュは自分に刃を向け、正々堂々と勝ちを取り合おうとして戦う相手はつぶせても、勝ちを譲ってあげるよと言われたらその誇りのために勝つことができなくなる・・・
個人的な欲もなく、常に一段上の高みからしか人間を見ることしかできなくなっていたシュナイゼルは、まさに同じ土俵に立つことのないルルーシュの天敵。
戦いを挑んでも戦いにならない、一度も勝ったことのない相手を、自分に取り込む形で勝つというのはルルーシュらしい発想の転換で、まさにそれしかない作戦だったと思います。
なにしろアニメ第一部の最終回がアレだったので、今回こそどうやってまとめてくれるんだろうなとずっと期待していたのですが、まぁまぁ納得いく「オチ」は付いたかなと。
もちろんそこに至るまでの経緯で、シャーリーやロロなど、ストーリーをまとめる上で邪魔or不要とみなされるキャラクターが次々に消されていったやり口等はどうよと思いますけどもね…。
しかし今期アニメで私にとって最も面白い作品がこれで終わってしまったわけで、感慨深いものがあります…
00やマクロスも見ますけども、とりあえず次に期待してるのは鋼の錬金術師とおおきく振りかぶっての二期です。
コードギアスよ、ありがとう!
アニメって本当に素晴らしいですね。それでは、さよなら、さよなら、、、さよなら。
2008年07月06日
コードギアス反逆のルルーシュR2第13話
シャーリーが、シャーリーがぁぁぁ!!!!!
スザクもユフィを失ってこんな気持ちだったんだと思い知れってことですか!?
シャーリーがいい子過ぎて泣いた~;_;
もうボロ泣き。
だいたい記憶が戻ってなおルルを許すとは!
もう本日色んな意味でネタバレ満載の感想しか言えません。
さらに今回は、ルルーシュにとってすんごい嫌な敵だった某オレンジが、実は忠実な、ルルの母親の護衛であったことが判明…(事実かどうかはともかくとして)なんだよ皆それぞれに忠誠誓っての戦いなわけ、前々回あたりまでは中華連邦のそういう話だったと思うのだけど、これってここ数年流行りのメイドブームや執事ブームなどとも通ずる、サムライの精神ってやつ??
つまり根底にあるのは武士道精神ブームなのかもしれないなー。それそのまんまだと古いから、現代風に忠義を表現すると、主人と召使いに当てはめてみたり、こういう風に騎士にしてみたりとかってことなのかなぁ。
ますます毎週面白いです。
あ、OP曲とED曲も変わりましたね。EDは久々に聞くアリプロです。
2008年04月30日
最近コードギアスR2です
弟君(ロロ)がルルーシュの手に落ちそうなのがなんとも言えないですね~。
スザクのFanだったんで出番が少なくてしょんぼりなのですけど、その穴をニセの弟君が埋めてくれてます。
ボロ雑巾のように捨てられちゃうんだ!?なんてかわいそうなの!!
妙に妹(ナナリー)と似ているのも良い感じでv
スザクのFanだったんで出番が少なくてしょんぼりなのですけど、その穴をニセの弟君が埋めてくれてます。
ボロ雑巾のように捨てられちゃうんだ!?なんてかわいそうなの!!
妙に妹(ナナリー)と似ているのも良い感じでv
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